連載 あの学校のリアル

【浅野中学校】卒業生から見た浅野「一生付き合っていきたい仲間に出会えた」

2020年2月14日 中学受験ナビ 編集部

「あの中高一貫校ってどんなところ?」「受験勉強はどんな風にしたの?」……そんなギモンへのひとつの答えとして、さまざまな学校の卒業生に体験談を聞く『あの学校のリアル』。今回お話を聞いたのは、神奈川県の男子御三家のひとつ、浅野中学・高等学校OBのHくんです。

Hくん(浅野中学・高等学校OB)
現在:慶應義塾大学 理工学部物理情報工学科4年
中学受験当時の学習塾:SAPIX

浅野中学・高等学校の特徴や校風は?

浅野中学・高等学校(以下・浅野)には、どんな特徴があり、校風や生徒達の雰囲気はどのようなものだったのでしょうか? Hくんの体験や、感じたことを聞いてみました。

「文武両道」を高いレベルで実現する子が多い

浅野の思い出といえば、部活に尽きますね。中高6年間バスケ部でしたが、それこそ「バスケ漬け」の毎日を送っていました。土日にいつも試合が入るような忙しい部活だったこともあって、高校に入ると同期はかなり辞めてしまいましたが、僕はとにかくバスケに夢中で。部活にとことん打ち込ませてくれる浅野の環境は、いま振り返ると恵まれていたと思います。

一方で、勉強も手が抜けませんでした。定期テストの1週間前は部活が禁止になりますし、構内には全生徒の成績も張り出されます。僕は部活ができない期間に集中して勉強していたこともあって、中3で「選抜クラス」に入れました。選抜クラスは中2までの成績のトップ約50人だけが入れるクラスですが、部活のエースなど、運動もできる子が集まっていて。文武両道を高いレベルで実現する子が身近にいるので、「部活をやっているから勉強できない」というのは、浅野では言い訳に聞こえてしまうかもしれませんね。

受験サポートが手厚い

浅野は、進学校のイメージがあると思います。たしかに慶應や一橋といった難関大学に多くの子が進学しますし、高3になると「東大クラス」も新設されます。塾に通っていた子は少なかったですね。僕も塾に通っていませんでしたが、浅野の授業を受けて、参考書さえやっておけば大丈夫だと思っていました。

浅野は、受験指導が手厚いんです。大学受験が近づくと問題集の解説を中心に授業が進みますし、過去問もいつでも見られる環境で、先生に質問すれば何でも答えてくれました。

受験期のクラスメイトのなかには、保守的な印象を受ける子もいました。東大に行ける実力がありながら、第一志望を東工大に替えてみたり。もちろん東工大に入るのも難しいことですが……。正直、「中学受験で志望校にあと少しで届かなかった」という経験をもつ子が浅野には少なくありません。その記憶が残っているからか、冒険を避ける傾向は一部の子からは感じられましたね。

溢れるほどの「学び」が得られた

浅野では、とにかく友達に恵まれました。大学生になった今でも頻繁に会っていて、「一緒にルームシェアしたいな」と話すほどです(笑)。男子校で6年間を過ごすと、友達同士の団結力がここまで増すんだなと、ちょっと驚きますね。ちなみに中2になると、「あれ? 女子がいない!」とみんな気づき出します……。これも、男子校あるあるですね。

中高6年間、浅野からは本当にいろいろなことを学びました。「行動する大切さ」といったことはもちろん、「インプット」という点でも多くのことを学ばせてもらえる環境でしたね。ON・OFFの切り替え、知識が身につくよろこび、そして友達の大切さ――。溢れるほどの学びを得ることができました。

中学受験勉強はどのように進めた?

浅野中学校の入試に向けて、Hくんは受験勉強をどのように進めたのでしょうか。志望校を決めるときに重視したことや、決め手となった理由についても聞いてみました。

母は、勉強の大切さを教えてくれた

中学受験は、母のすすめです。地元の学校が荒れていたという噂もあって……、公立中学ではない道を進ませたかったようです。母は、毎日のように「勉強の大切さ」を話してくれました。ただ、小学生のころは母の言葉をプレッシャーに感じていましたね……。でも、勉強の楽しさを知ることができたのは、浅野に入れたからこそ。サッカーやゲームに夢中だった僕の目を、勉強にも向けさせてくれた母には感謝しています。

浅野は、自宅から近かったこともあって両親がすすめてくれました。ちなみに、当時の僕は男子校にこだわっていたところがあって。女子と一緒なんてイヤだといった、男の子ならではの理由からですが……。「共学もすすめてくれたら良かったのに」とポロッとこぼすと、「あなたが男子校に行きたいって言ったんでしょ!」と両親から一喝されます。口は災いのもとですね(笑)。

負けず嫌いだったからこそ、諦めなかった

SAPIXは、当時の僕には「怖い存在」でした。暗記テストの直前は、何かに追われるように必死で暗記帳をめくっていたことを覚えています。ただ負けず嫌いだったこともあって、「まわりの子に負けたくない!」という気持ちは常にもっていました。競争心があったからこそ、SAPIXの厳しい勉強にもついていけたのかなと思います。

自分に合っていた勉強法は、解説を先に読むことです。算数の参考書を例にとると、まずは問題の解説を読みます。そして「これは解けるな」と思った問題は解かず、解説を読んでも解ける気がしない問題だけに取り組んでいました。正直、当時は勉強があまり好きではなくて。勉強時間を減らしつつ、どうしたら効率的に勉強できるかな? といったことばかり考えていました。結果として苦手な問題だけに集中できたこともあって、浅野をはじめとした難関校の過去問でも合格点を超えるようになりましたね。

今後のキャリアに中高の学びはどういきてる?

慶應義塾大学の学生として、次のステップを見据えて努力を続けるHくん。彼が思い描く将来像や、歩みたいキャリアを考えるうえで、中高の学びはどのような影響を与えているのでしょうか。

大学生活に、後悔はほとんどない

慶應では物理情報工学を学んでいます。理系ということもあって「大学生活が忙しくなるのかな」と思っていましたが、意外に自由な時間も多くて。バイクで日本全国を回ったり、彼女をつくったり……、やり残したことがないほど充実した時間を過ごせました。

後悔があるとすれば、バスケサークルを辞めてしまったことですね。イヤなことがあって勢いで辞めてしまったんですけど、サークルだからこそ築ける人間関係もあったのかなって。僕は好きなことに対しては一点突破できるタイプですが、これからは自分とは違う価値観に触れることも必要だと感じています。

どんな道に進んでも、「友達の存在」は揺らがない

4月からは慶應の大学院に進んで、「統計」を深く学んでいく予定です。統計は、AIやデータサイエンスといった最先端技術の基盤となるもの。実用的な学問ということもあって、学べば学ぶほど楽しいですね。

将来的には、統計を仕事にできる企業への就職を考えています。ただ、フリーランスのような働き方が自分にあっている気もしていて。これまでを振り返ると、時間の使い方が自由に決められる環境だと想像以上に結果を残せてきたので。

まだまだ、この先のことは不透明な部分もあります。ただ、どんな道に進んだとしても、僕のなかで「友達の存在」が揺らぐことはないはず。これは自信をもって言えます。浅野で出会えた、一生の友達。将来の不安や夢を分かりあえる存在は、僕にとって心の支えです。価値観が合う仲間に恵まれたことは、嬉しいというか、幸せですね。


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※記事の内容は執筆時点のものです

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