連載 「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

小学2年生で孫正義育英財団の財団生に。異能の始まりは3歳のときに与えられた1冊の図鑑|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

専門家・プロ
2021年1月28日 中曽根陽子

AIが登場し、人間が果たす役割が変わっていこうとしています。「いい大学、いい会社に入れば安泰」という考え方が通用しなくなっていることは、多くの方が感じているでしょう。子どもたちが、しあわせに生きていくためには、どんな力が必要なのか? 親にできることは? この連載ではやりたいことを見つけ、その情熱を社会のなかで活かしているワカモノに注目します。彼らがどんな子ども時代を過ごしたのか。親子でどんな関りがあったのか。「新しい時代を生きる力」を育てるヒントを探っていきます。

今回の主人公は孫正義育英財団・財団生の春山侑輝くん。3歳の頃から微生物・寄生虫など、ミクロの世界で起こっていることに興味を持ったという侑輝くんは、自分の興味のおもむくままに探究を続け、7歳で財団生に選ばれました。今は原生生物の栄養源や微生物の生体についてもっと勉強し、将来それを医療に応用して病気の人々を助けられるようになりたいと言います。現在10歳の侑輝くんがどのように育ったのか、本人とお母さんに聞きました。

ミクロの世界に興味を持ったきっかけ

今では大人に混じって学会に所属し、原生生物の研究をしている侑輝くん。その異能の始まりは、3歳の時にお母さんに買ってもらった『大昔の生きもの (ポプラディア大図鑑WONDA) 』(ポプラ社)という1冊の図鑑でした。

恐竜の時代よりもはるか昔に生きていた、奇妙な形をした生物のイラストに釘付けになった侑輝くんは、生き物の起源に関与する目に見えないようなミクロの世界があることを知り夢中になります。

「なにかにハマるとそのことを知りたがるので、子どもの興味のおもむくまま、本を与えていた」とお母さん。でも図鑑を与えたのは戦略ではなく、短い本だとすぐ終わってしまって、何度も読むのが自分もしんどいので、図鑑なら長持ちするかなと思ったから……。それが今日につながるのですから、わからないものです。

4歳になると『MOVE 人体のふしぎ』(講談社)を読んで、免疫・ウイルスに興味を持ち始めます。山中伸弥さんやiPS細胞、免疫の戦いにまつわるページを読んだことからタンパク質へ興味をもち、そこから生物学、原生生物の世界にのめり込んでいきます。

大阪の自然史博物館にて

幼いときから本に熱中。図書館に通うのが日課

好きなことに没頭する幼児期を過ごしていた侑輝くんですが、お母さんはどんな子育てをしていたのでしょう。

参考にした育児書は『シアーズ博士夫妻のベビーブック』。侑輝くんによく見せていたのは、グレン・ドーマン博士のドッツカードだそうです。ドッツカードとは、数字に対応した赤い丸が書かれたカード。カード1枚につき約1秒、その数を言いながらさっと見せ、すぐに次のカードを見せます。1~10まで続けて見せると、子どもの数学的素地が育つといわれています。

「数理的な効果があったかは不明ですが、子どもは喜んでカードを持っていましたね」(お母さん)

そして「言葉はわからなくても聞いているはず」と、赤ちゃんの頃から大人の言葉でよく話しかけるとともに、クラシック音楽やジャズ、テクノなど電子音楽、童謡、英語のCDやセサミストリートのDVDなど、色々なジャンルの音を聴かせていました。その成果か侑輝くんは1歳過ぎから言葉を話すようになりました。

生後半年 大好きなおばあちゃんに抱かれる侑輝くん

侑輝くんは本が大好きだったので親子で毎日のように近所の図書館に通い、児童フロアの本をジャンルを問わずなんでも読み聞かせていました。児童フロアにある本のなかで、読みたい本が見つからない時は、一般のフロアの本を借りたといいます。ときには朝40冊借りて夕方までにすべて読み終わってしまうほど、読書に熱中していたのです。

繰り返し読んであげていているうちに、いつの間にか自分で読むようなり、放おっておくと何時間でも一人で本を読むようになったといいます。侑輝くんに聞くと「単語は知っていたので、内容はほぼ理解できた」そうです。

「たぶん、侑輝は本をマンガのような感じで読んでいました。だから、本は娯楽として与えていましたね。子どもには小さなうちから”自然界のふしぎ”に気づけるようになってほしいという気持ちがあったので、本以外の作品からもそういったことに触れて欲しかったんです。なので、小さな頃から海外のテレビ番組なども見せていました」(お母さん)

知育以外は身体つくりのために、ベビースイミングに通っていたそうです。本人も泳ぐのが大好きになって、その後もスイミングスクールに通い続けました。そのほか習い事は特にせず、公園での砂場遊びや粘土遊びが大好きな子どもでした。

2歳の誕生日にニュートンの周期表の号をプレゼントされ、興味津々の侑輝くん

子どもが好きなことだけやらせる

早期教育的なことをいろいろしていた印象ですが、お母さんが一番大事にしていたのが、「親が強制しない」ことです。お母さん自身が強制されたらいやだし、好きなことだけすればいいと思っていたからです。

1日40冊も本を読んだことがあるなんてすごいの一言ですが、実はお母さん自身も熱中すると同じように没頭するタイプで、それは特に驚くことではなかったようです。かつてお母さんが音楽や映画にハマったのと同じように、侑輝くんは目に見えない原生生物にハマっただけ。自分も好きなことに没頭する楽しさは知っているし、没頭することを許されてきたので、子どもにも同じように対応をしたと言います。

「私も物事に対しコンプリートしたいという気持ちがあります。だから、知らないことがあったらどんどん知りたくなる気持ちはわかるんです」とお母さん。

本を与えるときも「この本は○歳用」などといったことに縛られず、図録や写真など魅力的なものが1ページでもあれば大人用のものでも与え、読めないところは、読んであげたといいます。そうするうちに、侑輝くんが自分で読みたい本を選べるようになりました。

侑輝くんが幼稚園終わり頃に書いていた、生物の研究ノート

「小学校生活は楽しくない」という息子に悩む母

好きなことに没頭する幼児期を過ごしていた侑輝くん。しかし、小学校にあがると苦労するようになります。

ポケモンGoやゲーム、YouTubeなど同世代の多くが興味を持つものももちろん大好きですが、侑輝くんの最大の興味である生物や科学については周囲と話が合わないことも多く、あまり学校生活は楽しくなかったようです。その結果、侑輝くんは学校を休みがちになってしまいます。学校の対応も「合う学校があれば良いですね」というものでした。お母さんは当時を振り返って、「どうすればいいかわからず、本当に辛かった時期」だと言います。

侑輝くんの描いた生物のスケッチ

そんなときに、友人が教えてくれたのが孫正義育英財団でした。2016年に孫正義さんが作った財団で――「高い志」と「異能」を持った若者に自らの才能を開花できる環境を提供し、人類の未来に貢献する――という旗印を掲げています。副代表理事には山中伸弥さん、理事に東大総長の五神真さん、評議員に羽生善治さんなどが名を連ね、これまでに9歳から29歳まで219人の財団生を支援しています(2020年7月現在)

今の日本は得意を伸ばすより平均に合わるような教育が主流で、ものすごく才能がある子も、たとえば「 開成 → 東大 → 一流企業 」というコースに収まりがちで、才能を活かせていない。そこでもっと子どもたちの可能性を広げる取り組みをしたいという思いから、子どもたちがやりたいことをやって、思い切り才能を伸ばせるように、機会を広げられるように、場や資金、交流の機会などを提供しています。

初めて人に自分が大好きなことを話せた喜び

侑輝くんは「あこがれの山中伸弥さんに会えるかもしれない!」ということがモチベーションになり、孫正義育英財団の財団生募集にエントリーします。書類審査に通過すると、審査員の前でプレゼンをします。それまで自分の大好きなミクロの世界や原生生物について、誰にも話したことがなかった侑輝くんでしたが、初めて人に話せて大興奮です。

「好きなことを思いっきり話せる! しかも興味を持って聞いてくれる人がいる!」それは何よりの喜びでした。こうして2018年、侑輝くんは小学2年生で2期生として財団生に選ばれたのです。

「財団に入ってからは、そこが精神的な居場所になった」とお母さん。土日にイベントに参加したり、施設を使わせてもらったり。仲良くなった財団生と話す機会もできて、侑輝くんも学校のことを気にしなくなりました。お母さんも「精神的に楽になった」と話します。

現在、侑輝くんはサイエンス教育に力を入れているローラス インターナショナルスクールオブサイエンス初等部に転校。探究型学習やプロジェクトベース学習を中心にした教育を受けています。

所属するスクールの授業で編集作成したビデオからのひとコマ

財団生になって2年。侑輝くんは「古生物を専攻している年上の財団生から、珍しい生き物の化石を見せてもらったり一緒話ができたりして、世界が広がるのが楽しい」と語ってくれました。財団生になったことで日本微生物生態学会にも入り、原生生物・寄生虫・進化セミナーで専門家の先生方から原生生物についてレクチャーを受けたり、直接チャットで質問しながら、寄生性の微生物について勉強をしています。最近は財団の人に影響を受けて、数学にも興味を持ち始めたそうです。

今、興味があることは、生物がどのような役割をもっているのかということ。「免疫系について、微生物の種類や働きについて研究をして、まだ発見されていない微生物を発見したい」としっかりと答えてくれました。ワクワクに突き動かされているという侑輝くんが、どんな大人に成長するのか楽しみです。

日本Archaea研究会の学会に参加したときの写真。大島泰郎会長(東京工業大学名誉教授)から「デボン紀の岩塩には好塩性アーキアの遺体が残されているか」というテーマで岩塩の実物を見せていただきながらレクチャーを受けている

取材を終えて

「侑輝は財団に入ってから、自分の好きなことだけでなく最先端の技術や研究に触れられるようになりました。さまざまなことを吸収して視野を広げ、世の中にポジティブな還元ができるようになってほしいと考えています」と話してくれたお母さん。取材のなかで「小学校に入学した辺りが一番大変だった」という言葉が印象的でした。

お母さん自身も熱中するタイプです。だからこそ、侑輝くんが生物や科学に夢中になることの喜びやワクワクもわかるし、それを人に理解してもらえないもどかしさもわかっていたのだと思います。それでも、社会にはまだまだ「普通」や「みんなと一緒」を求められる場面があります。この先どうやって子育てをしていけばいいのか……、真剣に悩んだのだと思います。

突き抜けるということは、枠を取っ払い自由を手に入れるということです。その一方で、人とは違うことを自分で受け入れなければならない局面もあるのでしょう。子どもが好きなことを極めるには、周囲がそれをおおらかに見守れるかどうか。また、極めていくための手助けができるかどうかで違っていきます。

このコーナーの別の記事で吉藤オリィさんが、「大人は子どもに教育してやるという意識ではなく、子どものすることに、いいリアクションを返してあげてほしいです。良いリアクションをもらえれば、子どもたちは『もっと頑張ろう!』という気持ちになります」というメッセージをくれたことを思い出しました。

侑輝くんのお母さんは良いリアクションを返し続け、子どもが伸びる環境につなげるサポートをしたのです。異能というのは、「自分の好きを極めた人」なのかもしれません。これからたくさんの異能が現れ、活躍できる世の中になると良いなと改めて思いました。

※記事の内容は執筆時点のものです

中曽根陽子
この記事の著者
中曽根陽子 専門家・プロ

教育ジャーナリスト。小学館を出産のため退職後、「お母さんと子供達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの本をプロデュース。子育て中の女性の視点を捉えた企画に定評がある。教育雑誌から経済誌、紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。中学受験に関しては「受験を親子の成長の機会に」という願いを込めて『1歩先行く中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』『後悔しない中学受験』(共に晶文社)『子どもがバケる学校を探せ』(ダイヤモンド社)などを執筆。教育現場への豊富な取材や海外の教育視察を元に、講演活動やワークショップもおこなっており、母親自身が新しい時代をデザインする力を育てる学びの場「Mother Quest 」も主宰している。

1歩先行く中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい

公式サイト:http://www.waiwainet.com/

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