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戦国大名はこう覚えよう! 中学受験・歴史の基礎固めに役立つ勉強法

2018年6月28日 兵藤 かおり

中学受験の歴史分野では、時代の並べ替えや人物の紹介文から時代背景を推測するなど、歴史全体の流れをおさえなければできない問題がよく出題されます。このような問題を攻略するのに武器となるのが「確実に知っている時代」です。今回は、時代をはっきりと印象付ける戦国大名の覚え方をご紹介します。

戦国大名がいる「戦国時代」は、いつの年代? 戦国大名が生まれた背景とともに確認しよう

まず「戦国時代」が全体の歴史の中でどこに位置するか、必ず確認させてください。そのうえで、中学受験でよく出題されるキーワードを中心に戦国大名が生まれた背景を整理します。なお、年号は単体で問われることはあまりないですが、時代の流れを整理する「目印」になるので、ゴロ合わせで覚えましょう。

戦国時代のはじまりは?

これまで習ってきた時代の名前を古い順にノートに書かせてみてください。歴史が苦手なお子さんには、「縄文・弥生・飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・安土桃山・江戸・明治・大正・昭和・平成」と一緒に声に出して、ノートに書いてもらうといいですね。

そして、ここで気づいてほしいことは、上記の時代区分に「戦国時代」が含まれていないということ。ではどこに「戦国時代」を入れればいいのでしょうか。

戦国時代は「応仁の乱」から

室町時代後期、8代将軍足利義政の後つぎ争いが原因で、「応仁の乱」が起こりました。1467年のことです。だいじな年号なので、「世 むなし 応仁の乱」とゴロ合わせでおぼえましょう。この内乱は11年間続き、京の都は焼け野原に。ここから、およそ100年に渡る「戦国時代」に突入するのです。身分の下の者が上の者に実力で勝つ「下剋上」の世となり、自分の領土を守る「戦国大名」が誕生しました。

つまり、室町時代の後期、応仁の乱が終わってから約100年間を「戦国時代」といいます。

戦国時代を特徴づけるキーワード

中学受験で頻出するキーワードをノートに整理します。その後クイズを出し合うと、よりお子さんが覚えやすくなるでしょう。

・下剋上

身分の下の者が上の者に実力で倒す風潮のこと。漢字で答えさせることが多いワードです。

・分国法

戦国大名が自分の領国を支配するため定めた法

・鉄砲伝来

1543年、種子島に流れ着いたポルトガル人により火縄銃が伝えられました。年号は「以後世みだれる鉄砲伝来」。また種子島の位置も要チェック!

・キリスト教伝来

1549年、カトリックの教団の1つイエズス会の宣教師、フランシスコ=ザビエルによって伝えられました。年号は「以後よくなるキリスト教伝来」。

織田信長が行ったことを軸にして、主な戦国大名や年号を覚えていこう

中学受験でもっともよく出る戦国大名といえば、なんといっても織田信長です。彼が誰と戦い、何をしたかを軸に据えるとよいでしょう。その際「どこで?」を意識づけすることを忘れずに。歴史と地理の融合問題を解く際に生きてきます。

織田信長の「戦い」を年表にまとめる

中学受験で取り上げられやすい織田信長の主な「戦い」を整理します。年表を作ったら関連事項をどんどん付け足していくとよいでしょう。

1560年 桶狭間の戦い

尾張国(愛知県)出身の織田信長は、桶狭間(愛知県)で駿河国(静岡県)の今川義元と戦い、勝利します。

1573年 室町幕府を滅ぼす

室町幕府の15代将軍足利義昭を京都から追放、室町幕府を滅ぼしました。

1575年 長篠の戦い

徳川家康と同盟を組み、長篠(愛知県)で甲斐国(山梨県)の武田勝頼(武田信玄の息子)と戦い勝利。長篠の戦いを描いた絵図がよく出されます。鉄砲隊が織田・徳川軍、騎馬隊が武田軍です。

1582年 本能寺の変

家臣の明智光秀に本能寺(京都府)で倒されました。

織田信長の政策をまとめよう

中学入試では、紹介文から人物名を問う問題がよく出されます。信長の政策でよく出される政策をまとめました。

・安土城を築く

琵琶湖(滋賀県)のほとりに、1576年から築き始め79年に完成。

・楽市・楽座

安土城の城下で市場の税を免除、座(同業者の組合)の特権を廃止。

・仏教勢力の弾圧

天下統一の妨げにならないよう、比叡山延暦寺(滋賀県)を焼き討ちしたり、石山本願寺(大阪府)を攻めたりしました。

戦国時代の終わりと、豊臣秀吉の天下統一までの動きを理解しよう

戦国時代の終わりは織田信長足利義昭を追放した1573年「以後なみだする室町幕府」や豊臣秀吉が天下を統一した1590年「戦国わらせ天下統一」など諸説あります。

織田信長と豊臣秀吉は比較されることが多いので、天下統一までの道のりと秀吉の政策をまとめてみましょう。

豊臣秀吉の天下統一までの主な動き

1582年 山崎の戦い

本能寺の変の知らせを受けた秀吉が中国地方から引き返し、山崎(京都府)で明智光秀を打ちました。

1583年 大坂城を築く

石山本願寺の跡地に築き、天下統一の拠点にしました。

1585年 関白に任命される

朝廷より関白に任命され、翌年、「豊臣」の姓をたまわり、太政大臣になりました。

1590年 全国統一を完成する

四国や九州を平定した後、小田原城(神奈川県)の北条氏を破り全国を統一しました。

 豊臣秀吉の政策

・太閤検地

秀吉が行った検地を「太閤検地」といいます。面積の単位や米をはかる「枡(ます)」を統一して検地を行いました。

・刀狩

農民が一揆をおこすのを防ぐため農民から武器を取り上げました。

・朝鮮出兵

天下統一の後、中国(明)を征服しようと、1592年(文禄の役)、1597年(慶長の役)の2度に渡り朝鮮へ出兵しました。

知っているところから確実に覚えていけば、苦手意識は克服できる

「覚えることが多い」「漢字が多い」という理由で、歴史が苦手なお子さんをたくさん見かけます。これらの苦手意識を克服するためには、まずは覚えやすいところから覚える、そのために「今ココ」をやっているという意識はとても重要です。また、国語で習っていない漢字が多いのも、お子さんにとってはストレス。ぜひ、一緒に声を出して教科書を読んだり、口頭での確認をしたりしてあげてください。

※記事の内容は執筆時点のものです

この記事の著者

講師歴7年、現役の塾講師です。中学受験から大学受験まで国語・社会・英語を担当しています。常々、中学受験はご家族ぐるみの一大プロジェクトだと思っていますので、少しでもお役に立てるような情報を紹介いたします。