中学受験ノウハウ 学習 連載 中学受験との向き合い方

物語文・小説文の心情理解と、親子のコミュニケーション ―― 中学受験との向き合い方

専門家・プロ
2022年11月18日 やまかわ

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首都圏の一部では、4人に1人の小学生が挑戦するともいわれる中学受験。子供の受験に親はどう向き合えばよいのでしょうか。この連載では、『中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由』の著者である、田中純先生に中学受験との向き合い方をテーマにさまざまな話を伺います。

受験国語で扱われる物語文や小説文。これらを扱った問題では、人物の心情が問われることがあります。心情を理解する力を育むために、家庭でどのようなアシストができるか。親子間のコミュニケーションにも話題を広げつつ、田中先生に伺いました。

心情の理解と子供の学年

―― 国語の読解では、物語や小説を題材に心情を問う問題がありますよね。しかしそれが苦手という子が一定数います。お子さんの学年や成長度合いによって差があるのでしょうか?

それを考えるヒントのひとつとして、小学校の道徳教育があると思います。実は小学校の道徳の学習指導要領には次のように書かれているんです。

〔第1学年及び第2学年〕
幼い人や高齢者など身近にいる人に温かい心で接し、親切にすること。
〔第3学年及び第4学年〕
相手のことを思いやり、進んで親切にする。
〔第5学年及び第6学年〕
だれに対しても思いやりの心をもち、相手の立場に立って親切にする。

ここではまず「思いやり」という文言に注目して欲しいんですが、中学年ではじめて「思いやり」という言葉が入ってきます。続いて、高学年なると、「だれに対しても思いやりの心をもち、」という文言が加わります。そして次に注目すべき「相手の立場に立って」と続くんです。

心情の理解を小学校の道徳教育の観点から考えた場合、中学年くらいから心情を理解するための要素が育まれ始めて、高学年あたりから形になってくると解釈できるのではないでしょうか。

第二次性徴期に差し掛かってくるのが小学校高学年ですから、その頃になれば発達も著しくなります。「思いやる」は他者に向けて自分の思いを向けることです。その次の「相手の立場に立つ」は、視点を相手に置き換えようとすることなので、高度な想像力を必要とします。

高学年になれば語彙・ボキャブラリーが増えてきますよね。実は、脳の発達と言語能力の発達は切っても切れない密接な関係があります。相手の立場に立つにせよ、自分の気持ちと向き合うにせよ、頭の中で気持ちを言語化する必要がありますから。そこから自分の経験をもとに道筋を立てて相手の気持ちについて考えていく、それが心情を理解する力が深まるということなのです。言語はとても大事だと思います。

―― 「うちの子は幼くて、読解の心情理解ができない」という低学年の保護者さんもいます。無理もない話なんでしょうか?

たとえば、子供が何かをしたときに親が不機嫌な顔をしたとします。子供は「自分が○○をしたときに、親が不機嫌になった」という体験をしたので、「次に、これをやると親は不機嫌になるな」っていう想像はできるかもしれないです。

でも、その不機嫌の中身に関しては、「悔しい」のか「寂しい」のか「腹立たしい」のか、それは親が言語化しないと子供たちにはわからないわけです。

そういう意味では子供が他者の心情を理解するための基礎トレーニングとして、親子関係の中で親が自分の中に生じてきた気持ち、心情をどう言語化して子供に伝えるかというのが大きなポイントになってくると思います。親子で会話のキャッチボールができているか、なかでも心を伝えあう言葉をどれだけ多く伝え合っているかを意識することが大事でしょう。

それに加えて大事なのが、自分の気持ちを表現するための語彙力・表現力です。自分の気持ちを伝えるための言葉を多く持つのは、親にも大切なことですね。心情表現のメタファーとして、よく「色」が持ち出されますが、その「色」に思いを馳せると、12色のクレヨンと50色のクレパスとでは表現力が大きく異なりますよね。浅葱色や群青色など、青系の色にもさまざまな名前、言葉があります。

心情を理解する素地、家庭で育むには

―― 心情を理解する力を育むために、家庭でどのようなことができそうでしょうか?

いくつか方法がありそうです。たとえば、小説やエッセイなどを読んで、言語化された人間の感情や心の機微を知って、実際の体験でも相手の言葉や表情を見て「この人はこういう気持ちなのかなぁ……」と相手の心を想像する。

こう言ってしまうと、単に「読書すべし」と言っているように聞こえるかもしれませんが、ほかにも親御さんの工夫次第でいろいろアシストできると思います。

私がおすすめしたいのは、もっと広い意味。家庭で学びのチャンスをつくっていくという意味で考えた場合ですが、親子で現場に赴いて何かを感じ取って、話し合ってみることです。平たくいうと「本物を見て話す」ということですね。

たとえば小説や物語には、作者の思い入れのある街や景色が描写されることがありますよね。

森鴎外の『雁』なら、不忍池や無縁坂など、上野近辺に実在するロケーションがたくさん出てきます。そういった場所に実際に親子で行ってみて、作中の人物がどんな想いでこの景色を見ていたのか、といったことをそれぞれが思いを馳せて話し合ってみるのです。私事で恐縮ですが、徘徊は趣味の一つなので、永井荷風や樋口一葉の作品となった舞台をよく歩いています。

親子でこういった話をするだけでも、多用な言葉に触れられるでしょうし、心情を理解する力を育む良い栄養が得られるはずです。

例として鴎外の作品を挙げましたが、題材は別に漫画でもいいし、文学作品じゃなくても、ひとつの言葉の意味でもいいわけです。

たとえば、ことわざや慣用句の意味を親子で感じ取ってみるのも面白いかもしれません。「清水の舞台から飛び降りる」ということわざがありますけど、この言葉は辞書で調べただけだと、「思い切って大きな決断をする」という意味を知って終了かもしれません。でも、親子で実際に清水寺に足を運べたら最高の学びになるはずです。舞台の上から、あるいは舞台を正面に眺めて、飛び降りることを想像してみる。そんな「思い切る」場面の人間の心情を想像してみる。あくまでも想像に留めてくださいね。

―― フィールドワークに出て、親子で話をして、想像するのも有効ということですね。そのほかにどのようなアシストができそうでしょうか?

子供にとって最もコミュニケーションの機会が多い場はおそらく家庭でしょう。家庭でどんなコミュニケーションを取るかというのは、心情理解の力を育むのには大切なことだと思います。

家族間のコミュニケーションのなかでも大事にしてほしいのが、「ありがとう」という言葉です。

これまでの記事の中で何度か触れたことがありますが、「ありがとう」という言葉は、文字通り「有り難い」わけです。その反対を考えると、「当然」とか「当たり前」ということになります。たとえば、「周りから何かをしてもらって当たり前」というふうに思ってしまう。

「当然」という考えが染み付いてしまうと、自分の不出来の原因を「周りのサポートに問題があるから」と判断してしまうことがあります。たとえば、お子さんの場合であれば、「先生が上手に授業をしてくれないから」とか、「親が教えてくれないから」という姿勢になったり、あるいは親御さんの場合も、「この子が理解してくれないから」とか、「予定通りに行動してくれないから」といった具合に。

以前のコラム(※)でも説明しましたが、こういった「○○くれない」状態のことを、私は「紅(くれない)族」と読んでいます。

中学受験というのは、合否も大事ですが、学びに対して自分事意識を育てることのほうが大事です。ですから、もし親も子も「くれない族」的な姿勢のままで、中学受験を終えてしまったとしたらそれはとてももったいないことだと思うんです。

―― 感謝の気持ちと、心情理解。無関係ではないと

他人の善意を感じ取るのも、心情理解力のひとつですよね。

それと、善意や施しを受けた人は、それを無下にはしたくないという気持ちが強くなり、恩義に報いようとするものですよね。

たとえば、学校や塾の授業で何かを教わったり、親御さんからわからない部分を教えてもらったり。そうした施しを受けたときに「ありがたい」という気持ちを持つことができれば、教えてもらったことを大切に扱うことができるはずです。

その結果、教えてもらった事柄をより面白く理解しようとするかもしれないし、わからないことがまだ残っていれば追加で質問をすることがあるかもしれません。ですから、感謝の気持ちって自ら学ぼうとする意欲や、チャンスにも関わると思います。

――「感謝の強制は、心無い子供を育てるだけだ」という意見もありますよね。感謝の言葉を促すよう注意することは、逆によくない悪影響を与えたりしませんか?

まず、確認しておきたいことがあります。いくつかの表現は社会生活を営む上で、必須といって言いコミュニケーションツール、作法です。<頼む><お礼を言う><謝る><断る>…などですね。これらは子供たちに指導し、練習させ、身に付けさせる必要があります。

一方でたしかに、促し方の問題はあります。たとえば、親が子供に不快感を与えて、子供がその不快感を回避したいがために、「本心ではありがたくもないのに、ありがとうと言う」のは、歪みが生じている状態です。

こんな場面で子供が「ママありがとう。でも、どうぞお構いなく」と応えたときの親の顔を見てみたいと私は常々思っています。要するに、幼いうちに<断る>作法も教えていただきたいと思うんです。“No, thank you.” は安全に生きるための基本ツールですからね。

閑話休題で、親が子供に「こういう時ってお礼を言うものだよ!」と言うのは、「有り難い」の反対の、「当然」の意味を刷り込んでいる感じになりますよね。ですから、そういうアプローチではなくて、子供が「有り難い」ことをしたり言ったりした場合は、親はうれしい態度・表情をそのまま見せればいいのです。

そうすると、子供はまたその顔を見たくなる。「自分がありがとうと言ったときに、親は喜んだ。これは良いことだ」とジワっと感じるわけです。あるいは、うれしい表情を見せるのに加えて、ほめてみたり。また、蒸し返しますが、子供が<断る>発信をしたときに親がニコッとすれば、子供は<断る>ことを良いこと(悪いことではない)と学ぶでしょうね。

子供たちには、そういうプラスの動機付け[……たい]が大事です。マイナスの動機付け[……たくない]によって支配、コントロールするのではなくて、プラスの動機付けで、良いことが起きる、起きそうだとか、周りの人が喜んでくれるといったものを親が見せてあげるのがいいと思います。

―― 心情理解に近道は無しでしょうか?

そうですね。やはり、一朝一夕で身に付くものではないと思います。大事なのは、たくさんの物語に触れて登場人物の心情に想いを巡らせること、家族間で丁寧に気持ちを伝え合うこと、サポートしてくれる周囲の人の労力に感謝をすること。こうした習慣を心がけて少しずつ育んでいくしかありません。

また、心情理解力を磨くということで、多角的な視点で人を見られるようになりますから、読解問題を解く際も、より丁寧な回答ができるようになるし、ほかの科目であっても採点者に対して気遣いをしたうえで解答が作成できるようになるでしょう。そうした優しさや想像力は、単に中学受験の国語を攻略するためだけではなく、長い人生においても大事だということを忘れてはいけません。

そして最後にカウンセラーとして、余計なお節介をひと言だけ申し上げたいです。「気持ちはわかる」というセリフは、心のケアの場面ではNGワードと言われることもあります。何故でしょうか。ぜひ考えてみてください。


これまでの記事はこちら『中学受験との向き合い方

※記事の内容は執筆時点のものです

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田中純
田中純 専門家・プロ

開成中学校・高等学校、国際基督教大学(ICU)教養学部教育学科卒業。神経研究所付属晴和病院、中高教諭、学校カウンセラーを経て公文国際学園開講準備に参加。現在は赤坂溜池クリニックやNISE日能研健康創生研究所、コミュニティ・カウンセラー・ネットワーク(CNN)などでカウンセリングやコンサルテーションを行っている。相性はDon先生。著書「ストレスに負けない家族をつくる」「中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由」(みくに出版)。公式YouTubeはこちら

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この記事の著者

編集・ライター。学生時代から都内で6年間塾講師を務める。塾講師時代は、おもに作文・国語・英語の科目を担当。小学生から中学生までの指導にあたる。現在は編集・ライターとして教育関連をはじめ、街歩き・グルメ記事の執筆取材をおこなう。