中学受験ノウハウ 連載 中学受験との向き合い方

子供のためのなるサポートのあり方を考える ―― 中学受験との向き合い方

専門家・プロ
2022年9月04日 やまかわ

首都圏の一部では、4人に1人の小学生が挑戦するともいわれる中学受験。子供の受験に親はどう向き合えばよいのでしょうか。この連載では、『中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由』の著者である、田中純先生に中学受験との向き合い方をテーマにさまざまな話を伺います。

「わが子に幸せな人生を送ってもらいたい」というのは、ほとんどの親が持つ願いでしょう。中学受験を選択される親御さんも、こうした想いを強く持っていると思います。ただ、その想いとは裏腹に、<動いてくれない>わが子を、力づくで動かしたくなってしまうこともあるのではないでしょうか。誰かに命令されておこなう勉強は、本人の力にはなりにくいものです。今回は田中純先生に、子供のためのなるのサポートのあり方について聞きます。

自分事意識を育む

どう関わるか、どのようにサポートするか

―― 中学受験は親のサポートが必要な受験ですが、わが子にどう関わるか、どのようにサポートすればよいか、真剣に悩まれる保護者の方が多い気がします

まず、セルフチェックです。冒頭で<動いてくれない>とありましたが、わが子が「受験を真剣に考えてくれない」とか、「勉強してくれない」と感じたことがおありでしょうか?

そういう方はあらためて自問なさってください。中学受験をするのは誰のことですか?

子供が自分のために自分のことをするのであれば、そこに「くれる/くれない」という親サイドの感覚が入る余地はありません。

塾で授業を受けて、試験会場で実際に問題を解くのは、親御さんではなくお子さんですよね。

塾や学校にお金を振り込んだり、お子さんが受験したいと思うような候補の学校を探したりすることがありますが、これらは親御さんの役割といえます。勉強を教えるのは塾の先生のことだ、という考え方もありますね。ですから、子供サイドで「親がお金を出してくれない」とか、「学校探しを手伝ってくれない」という思いをすることはなくはありません。本来は「お父さん、お母さん。私は〇〇中学に進みたいので、お金や情報収集でお手伝いをお願いします」が筋です。

このように、「○○って誰のこと?」の「○○」と「誰」の部分を自問自答しながらサポートをされることが大事です。

私は、勉強をするのは子供のことであり、親はそのためにサポーターとして、子供の自分事意識を育てていく方向に少しずつ少しずつ導く――。

基本的には、子供が自分のことを自分で考えられるようにすることが大事だと思います。

私がこういったことを強調する理由は、当事者意識というものが一生ものの生きる力になり、中学受験もその当事者意識を育む機会のひとつだからです。

自分事意識を育てていくための基本姿勢は

―― 子供の自分事意識を育てていくための基本姿勢はどういったものだと考えますか?

親御さんには子供にとっての「寄る辺」であってほしいと思います。気をつけたいのは、寄る辺である親御さんが、お子さんに近づきすぎることです。寄る辺は、いつも変わらずそこにあるから安心感を与えられるんです。家庭内での安心感の有無は、子供の当事者意識や活動の意欲にも関わります。

親御さんが、心配や焦りから子供に詰め寄ったり、追い回したりしてしまうと、不快感や恐怖感、鬱陶しさを与えかねません。こういう姿勢は「寄る辺」とは言えないでしょう。「こうしなさい」とか「ああしなさい」といった介入が多くなると、子供たちの当事者意識や意欲を薄めることに繋がりかねないわけです。

要するに「これは私の受験勉強だ」という意識が、子供たちに芽生えにくくなる。これは良いサポートとはいえませんし、場合によっては毒になることすらあると思います。

繰り返しますが、「寄る辺」はまずそこに在ることが基本なんです。居場所がはっきりしていて、追いかけてこない。どっしり構えている状態といってもいいですね。「何かあったらいつでもお父さん/お母さんに相談するんだよ。あなたが叶えたいことがあるなら、できるだけアシストするからね」というように、子供に対していつでも門戸を開けておく。サポーターとしてそういったスタンスが基本になると思います。

子供に任せる?

―― できるだけ子供に任せる、ということでしょうか?

子供の当事者意識が大事だからといって、親御さんが無関心になるとか、完全放任するとか、無視している感じとは違う姿勢ですよ。お子さんを尊重・リスペクトする感覚をもって関心の眼差しを向ける。そういった「寄る辺」です。

極端な話ですが、「薬になるサポート」と、「毒になるサポート」があるとした場合、端的な違いは相手の役に立つか、立たないかですが、今日の文脈だと「子供の成長にとっての有効性」を考えることは大事です。

良いサポートをするには、微妙な感覚は子どもに尋ねながらサポートのあり方を点検するのが良いと思います。「今、お父さん/お母さんは、こんなふうにサポートしているんだけどあなたにとっては、ちょうどいいのかそれとも、うざったいのか教えてくれないかな」っていう姿勢です。サポートする相手から教えていただく姿勢とも言えます。

一方で、子供にできないことは親がアシストすることになります。子供の学習環境を整えることもその例です。

私事で恐縮ですが、父は開成中学に息子(私)を合格させるために、塾と家庭教師を探してきました。母は週に一回来てくれるその家庭教師に夕食を作ってくれました。余談ですが、その塾にはカリキュラムはありませんでした。先生がなさる事は、問題集を勧めて、自分でやらせて、窓辺に腰かけて質問対応をする事だけです。ただその塾は特別で、開成の中高生と開成入学を希望する小学生が同じ和卓を囲み、それぞれが<自分の事>をするという学びの形式でした。

閑話休題。

私が池袋の裏通りにあるその個人塾から夜遅く帰る途中、渋谷駅の公衆電話から自宅にかけて3回ベルを鳴らして切ります。もちろん10円は戻ってきます。そして電車に乗って最寄り駅で降りると父が車で迎えに来てくれていました。

私の記憶にある両親のサポートは以上です。勉強の中身ややり方について踏み込まれたことは一度もありませんでした。両親がしてくれた事は親にしかできない事です。学習指導は「それをする人達」がしてくれて、私は自分の事をしました。今思えば、質問しなければ無為に時間が過ぎていくその塾の方針も「勉強するのは誰の事?」を問いかけてくれていたのです。

子供がつまずいたり壁にぶつかったら

―― 苦手単元でつまずいたり、やる気が湧かなかったり、受験勉強には多くの壁があります。子供が壁にぶつかったとき、どのようにサポートをするのがよいと考えますか?

勉強のことで子供が悩んでいるときや、そう見えるときにSOS発信してもらうことを習慣化させることです。

そのためには、いきなり「□□したほうがいい」とか、「□□をしなさい」という提案・命令を親がするのではなく、「困ったら、○○をすればいいよ」ということです。この〇〇の部分には、わが家流のSOSのシグナル(合図・信号)が入ります。

たまには「今はどういう状態なの? 教えてくれない?」と子供に訊くことも罪ではないですが、その場合でも「あなたが今どんな風になっているか、私は知りたいな」という姿勢、子供から教えてもらう姿勢が大切です。

そして「Can I help you?」と言われないと支援を求められないような依存的な姿勢を卒業し、「SOSを自発的に発信することはとても大切な自分事だ」という意識を育てましょう。

こういった親子のコミュニケーションがあって、子供が自分で自分の状況を言語化する訓練ができます。それでSOSを発信したり、つまずいている箇所を子供が説明できたりしたら、そのことを認めてあげるのです。

学習の中身に踏み込む時も、子供がやれる部分があるのに、先回りして全部教えるのではなく、ここまでは自分でやれているんだと、気づいてもらうことが大事だと思います。

そのうえで、「私に何かして欲しいことあるかな?」と、尋ねてみたり、「じゃあ、この問題を解決するためにどうすべきか、ちょっと一緒に考えてみようか」とか「じゃあ、もうちょっとここまでやってみようよ」というように、サポートするのがよいと思います。

親が教えることの是非

―― 子供が勉強につまずいたときの関わり方は本当に悩ましいですね……。親がみっちり教えるという方もいます。親と子の関係性にも依るので、一概に良い悪いという判定はできないと思いますが、親が受験勉強を教え込むことについて、先生はどのように考えますか?

そのことによって子供がつぶれる、疲弊するかどうかですよね。現実でそういうのが起きているからこそ、ニュースや物語のテーマになると思うんです。

ただ、少し話が飛びますけど、ベートーベンはかなりお父さんに仕込まれたらしいんです。だとすると、お父さんが子供にあまり関心を持っていなかったならば、私たちはあの音楽を聞くことができなかったかもしれないですね。そういうこともありますし、親が子供に対していろいろと情報提供したり、コーチしたり、鍛えたりするのが悪であるとは思いません。

でも、普通の人たちですね。天才をどうこうするのではなくて、普通の人たちをどうこうしていくということであるならば、やっぱり「中学受験は教育活動なんだ」というところから離れてほしくないなと思います。

私の言う「教育活動」は、その子が成長することが目的です。中学受験という教育活動を通じて、合格すれば、もちろんそれに越したことはないけれども、そのことに拘束されるとさまざまな歪みが発生してきます。教育活動は合否や他者と勝負をつけることが目的ではないはずですから。

上手なサポートを妨げる親の感情

気をつけたい親の感情

―― 子供の中学受験をサポートするうえで、特に注意すべき親の感情は何でしょう?

「こんなはずじゃなかった!」とか、「入試まで時間がない!」とか、「もっと勉強させて成績を伸ばさなくては!」という危機感・焦燥感です。その感情を親御さんが自分で処理できているうちは問題ありません。けれども、子供に対する苛立ちに変わって、ぶつけるようになりだすと問題です。そうすると子供の勉強の動機がネガティブなものになることが多くなります。

学びは本来であれば、知的興奮に満ちたものであるはずです。「新しいことを知れて、うれしかった」とか、「ワクワクする」といった爽快感があるはずなんです。問題を解くときも、それができたときには、「やった!」とか「できた!」という爽快感があります。

しかし、「親が焦っているから」とか、「親に怒られるから」とか、そういったことが子供に影響して、「だから仕方なく勉強する」という構図になると脳の働きが制限されてしまうのです。そうなると、たとえば問題を解けた喜びを感じにくくなったり、算数の問題を解いてみてもひらめきが湧いてこなかったりと、学習効率が極端に下がってしまいます。

日課をこなすだけとか、形だけ右のものを左に写して終わりとか。機械的に何かを100回唱えたり、書いたりしておしまいとか。そういったことはできるかもしれないけれども、それは認知能力を高めているわけではないんです。

あえてここで自分事意識を蒸し返すなら、親の危機感・焦燥感の持ち主は、言うまでもなく親自身です。親は自分の持ち物である危機感・焦燥感を子供のせいにせず、自分でコントロールするという自分事意識を持っていただきたいです。

焦りを生みやすい考え

―― 具体的に、「親がこういう考えだと危機感・焦燥感を持ちやすい」というものはありますか?

ひとつあげるなら、失敗や遅れについてのネガティブな認識です。

代表的な考え方でいうと、「○」にばかりこだわって、「×」は悪であるという考えはとても残念な考え方だと思います。

中学受験に限った話ではありませんが、大切なことはお子さんが活動を続けていくなかで、お子さん自身でその成長を実感することです。

そのための好材料となるのは、丸付けで「×」がついた問題なんです。なぜ間違えたのか、どうしたら正解になるのかを考えて、解き直して、できなかった問題ができるようになる。この一連の過程には紛れもなく成長がありますから。

「『×』をもらったうちの子はダメだ」とか考えるのは早計ですよね。「×」というのはそこから何を学べるか、宝物が潜んでいるんです。テストの「×」は、扱い次第で薬にもなるし毒にもなります。

受験勉強で停滞ムードを感じたら、「×」の意味合いについて親子で考えてみて欲しいですね。

それと「成績を上げねばならない」とか、「受験生の親として、ちゃんとせねばならない」といった、考え方の濃さにも注意です。私はこれを『ねば・ネバ思考』と言っています。『ねば・ネバ思考』については、以前にこちらの記事で取り上げましたね。

ねば・ネバ思考が怒りのもと? 親と子の負の感情をコントロールするには

「○○中学に合格させねばならない」と想ったら

――「○○中学に合格させねばならない」という想いも、焦りの要因になると思います。こうした気持ちとどう向き合うべきでしょうか?

そうですね、たとえば次のようなことを自問自答されてもよいかもしれません。

  • 私は子供にどんな教育を受けさせたいのか
  • 私は子供のどんな顔を見るときに「幸せ」を感じるか(私は子供のどんな顔が見たいか)
  • 中高6年間を通して、どんな人間に育ってほしいのか
  • 将来、子供にどのように幸せになって欲しいのか

こうした自問自答は、狭まった視野を広げることに有効だと思います。どれも時間を飛ばして考える質問です。たとえば、「20年後、どんな生活を送っていてほしいのか」といったくらい、大胆に考えを未来に飛ばしてみてもいいかもしれません。さすがにそこまで先のこと想像するのが難しければ、「中1の夏休みをどう過ごしてほしいのか」でもいいですね。

こうした自問自答をうまく使えれば、「じゃあ、それが実現できる選択肢って、本当に○○中学しかないのだっけ?」と考えられるんじゃないかと思います。偏差値の高低を問わず、ニーズ・ウオンツを満たしてくれる学校はいくつか見つかるはずですから。

親御さんへのメッセージ

―― お子さんの中学受験をサポートする親御さんにメッセージをお願いします

どんなサポートを求めているかは人によってそれぞれです。ときにはサポートされる側からフィードバックをもらうということも忘れてはいけません。大切なのは心地よく、楽しく、前向きに勉強ができているかどうか。その環境を整えてあげるのも親のサポートのひとつですね。受験本番までの道のりを暗い気持ちで歩いていくのか、新たな発見を喜び、スキップをするようにして駆け抜けていくのか。お子さんが受験生活をどのように進むのかは、親御さんの姿勢にかかっています。

そして私が強調しておきたいことは、親御さんがサポートなさるのはお子さんの中学受験ではない、ということです。

お子さんの自律と自立、どんな未来が待っていようと、自分事としてそれを受け止め、対処していける一人前の立派な大人に育つ、そのことをサポートしていただきたいです。

中学受験はそのためのひとつの鍛錬場です。


これまでの記事はこちら『中学受験との向き合い方

※記事の内容は執筆時点のものです

田中純
田中純 専門家・プロ

開成中学校・高等学校、国際基督教大学(ICU)教養学部教育学科卒業。神経研究所付属晴和病院、中高教諭、学校カウンセラーを経て公文国際学園開講準備に参加。現在は赤坂溜池クリニックやNISE日能研健康創生研究所、コミュニティ・カウンセラー・ネットワーク(CNN)などでカウンセリングやコンサルテーションを行っている。相性はDon先生。著書「ストレスに負けない家族をつくる」「中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由」(みくに出版)。公式YouTubeはこちら

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この記事の著者

編集・ライター。学生時代から都内で6年間塾講師を務める。塾講師時代は、おもに作文・国語・英語の科目を担当。小学生から中学生までの指導にあたる。現在は編集・ライターとして教育関連をはじめ、街歩き・グルメ記事の執筆取材をおこなう。