連載 「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

「これが好き!」の気持ちと「余白」が大事。帰国子女を育てる母が日米の教育から学んだこと|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

専門家・プロ
2020年3月24日 中曽根陽子

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AIが登場し、人間が果たす役割が変わっていこうとしています。「いい大学、いい会社に入れば安泰」という考え方が通用しなくなっていることは、多くの方が感じているでしょう。子どもたちが、しあわせに生きていくためには、どんな力が必要なのか? 親にできることは? この連載ではやりたいことを見つけ、その情熱を社会のなかで活かしているワカモノに注目します。彼らがどんな子ども時代を過ごしたのか。親子でどんな関りがあったのか。「新しい時代を生きる力」を育てるヒントを探っていきます。

今回の主人公は佐藤由美さん。今春中学1年生になる娘さんの母であり、探究型学習のプログラム開発をする仕事人でもあります。娘の玲奈さんは小学校1年生から3年間アメリカで過ごし、帰国後はインターナショナルスクールに通いました。その間、親子ともに探究型学習に多く触れてきたなかで、玲奈ちゃんは好奇心や探究心を持ち、自ら考えて行動できる子に成長してきているそうです。今回は、アメリカの教育から感じたことや探究型学習をふまえ、由実さんが子育てにおいて重要だと考えるさまざまなテーマについてうかがいました。

原点はモンテッソーリ教育の「待つ・急がない」

学習プログラム開発のプロフェッショナルとはいえ、自身の子育てについて「素晴らしい何かをしていたわけではありません」と笑う由美さん。ただ、「待つ・急がない」という考えはポリシーとしてあったようです。

この考え方に出会ったきっかけは、認証保育園で行われていたモンテッソーリ教育でした。「本人が集中しているなら、親にとって迷惑でも手を出さない。着替えも自分でやりたいときはできるだけ手を出さない」など、子どもの自発性を尊重するのが特徴です。

「子どもが自発的にする行動に対して「待つ・急がない」の精神で向きあうことの大切さを、子育てのスタート時期に知ることができてよかったと思います。その後転園した公立保育園も同じような考え方だったので、幼少期の子育て方針について比較的迷うことなく過ごせたのはラッキーでしたね」(由実さん)

子どもの自発性を重視する考えは習い事についても同じでした。由実さんは、玲奈ちゃんには小学校にあがるまでは何も習い事をさせなかったそうです。その一番の理由は、子ども自身がやりたいと思っていることを、自分のペースでやって欲しいと思っていたから。由美さん自身、幼少期に親の勧めでピアノを習ったものの、本当はいやだった……という記憶があったそうで、自分の子どもには無理にさせたくないという思いが強かったのです。

一方、子どもの自発性とともに次の3点も大切にしていました。

・9時半までに就寝
・読み聞かせ
・土日はできるだけ子どもと一緒に遊ぶ

とてもシンプルだけれど、これもまた、親子の日々の関りの基本としてもっとも大事なことではないでしょうか。

変わらない日本の教育スタイルにモヤモヤを感じて

娘の玲奈さんが通っていた公立保育園は、教育学者の汐見稔幸先生が提唱する自由保育(※)を行っていて、子どもたちが伸び伸びと育っており、由実さんも保育園への不満はゼロで過ごせました。しかし小学校に目を向けると、教室に1日中座って黒板に書かれたことを書き写すという、自分の子ども時代から変わらない、前時代的な学校の様子がありました。

※保育手法のひとつで、決まったお遊戯、音楽教育などを「皆一緒に」行う設定保育の対語で、特に何をするという設定を置かず、自由に遊ばせる保育手法

「社会は大きく変わっているのに、教育は100年変わっていない。これでいいのだろうか」――漠然とした教育へのモヤモヤを周囲に話しているうちに、同じような思いの人たちと繋がり、由実さんは新しい学びの形を模索しはじめました。そのプログラム開発で出会ったのが探究型学習です。

探究型学習とは、ひと言でいえば子どもが自ら学び、自ら考える力を伸ばす学習のこと。例えば恐竜について学ぶとします。その種類や歴史について教科書で学ぶというのは従来の教育。そこに自分で調べるという行為が加わると調べ学習になり、実際に博物館に行って学べば体験学習になります。探究型学習は、この調べ学習や体験学習に留まらず、さらに派生して、「なぜ絶滅したのか」「環境が与える影響とは」「動物の進化とは」「死とは」など自分の興味や好奇心を軸に、さまざまなことに思考を広げて学びを深めていく学習方法です。教師は「教える人」ではなく、子どもの思考を「手助けする人」と定義します。

由美さんは、自分の子育てをきっかけに、そんな学習方法を取り入れたプログラムを開発して、子どもや教育現場に届ける仕事をしています。

日本とは真逆?! 探究ベースのアメリカの教育事情

由美さんの子育ての転機は、アメリカの教育に触れたことといえるでしょう。玲奈さんが小1の1学期終了後、ご主人の転勤のため家族みんなで渡米することになったのです。日本の小学校とはまるで違う世界がそこにはありました。

「アメリカでの小学校生活は、はじめの1年間は驚くことばかりでしたが、良かったと思うことのほうが多かった」という由美さん。何が良かったのでしょう。

それは非常によく個性を認め伸ばしてくれる点。そして探究型の学習の比率が多いという点です。アメリカの小学校の学習は、3・4年生からぐっとレベルアップしますが、1・2 年生は遊びが中心というスタイルが一般的。校外に出かけて川で拾った小石や葉っぱを使って学んだり、算数で掛け算を学ぶ前におもちゃのコインを使って合計金額の計算を競うなど、実体をともなった授業をするのだとか。また、プロジェクト学習の比率が多いそうです。

アメリカの公立小学校の授業の様子

国語は小学1年生から、短い文章の趣旨をとらえる勉強をスタートし、物語を書くときの要素を学びながら少しずつ作文の力をつけていきます。そこに文法と精読がついてくるといった順番。日本では精読に時間をかけ、そこに読み書きがついてくるので逆です。

また、アメリカでは読むときも書くときも「それはあなたの意見なのか、それとも事実なのか」と問われるそうです。自分の考えの有無に注目していると感じます。こうした問いは、日本の学校ではほとんどされていないのではないでしょうか。

さらに、どこで本を読もうが、寝転がろうが怒られないというのもびっくりな特徴です。子どもたちは学校でもリラックスして過ごしているのだとか。(この話を聞いていて私は、「学校では、きちんと座ってお行儀よく授業を聞くものだ」という私たち日本人の常識も、一歩ほかの世界に行ったら非常識になるのかもしれないと思いました)

ハロウィンの仮装をする子どもたち

玲奈さんが小学校3年生になるとき、IB(国際バカロレア)のプログラムを持つ学校に転校すると、さらに探究型学習が中心になりました。そこで感じたことは、「大事なのは、手法ではなく先生の人柄や人間力だ」ということ。残念ながら玲奈さんの学校の先生はスキルが高くはなかったので、「探究型学習の成果は期待したほどではなかったけれど、英語力は伸びたのでそこは良かったかな」と由美さん。逆に玲奈さんが日本語の本を読まなくなったので、日本語での読み聞かせと、寝る前のおしゃべりタイムを続けました。このおしゃべりタイムは今も続けています。

帰国後はインターナショナルスクールに……その訳は

玲奈さんが小学校4年生になると帰国が決まり、帰国後の学校選びに迷ったそうです。日本語の話せない帰国子女にはしたくないという想いから、日本の学校へ行くべきかと由実さんは考えていたのです。しかし、結局はインターナショナルスクールに決めました。

その理由は、一時帰国中に日本の公立小学校に体験に行った際、一日6時間椅子に座って一方通行の授業を受けなくてはいけないことに対して玲奈さんが拒否反応を示したから。探究型の学習に慣れている玲奈さんにとっては、受け身の授業が窮屈に感じたのでしょう。

さらに、もうひとつ決定打となる出来事がありました。帰国を泣いて嫌がっていた玲奈さんが、ようやく日本に帰ることを承知した後、「アメリカのことを日本の学校でお友達に紹介したい」と、アメリカのお札やおもちゃのパッケージを作り始めたのです。この姿をみたとき、由実さんは考えました。日本の公立学校が授業とは関係ない自由な創作物をあれこれ持ち込むことを、どこまで許してくれるだろうか……。許してくれるとは考えづらいと判断し、インターナショナルスクールを選んだのだそうです。

学校に余計な物を持ってきてはいけない理由を、子どもが納得できるように論理的に説明のできる先生がいるとは思えなかったと、由実さんは当時を振り返ります。たしかに、日本社会のなかには、言葉を尽くさずに「規則だから」で済まそうとする傾向がありますから、この辺りも帰国子女がぶつかる壁かもしれません。

インターナショナルスクールの様子

プロジェクト学習で、自ら考え行動する姿勢が身についた

さて、帰国後の生活はどうだったのでしょう。玲奈さんが入学したインターナショナルスクールでは、アメリカの学校同様に探究型の学習が行われていました。

1年間を通して実施されるプロジェクト学習の時間には、プラスチックゴミに関する探究をしました。実際にゴミを集めてリサイクルに出し、その売り上げを寄付したり、国語の時間に環境に関する絵本を創ったり、音楽の時間に歌を作ったりと、さまざまな教科の中にプロジェクト学習で取り組んでいるテーマが入ってくる、教科の枠を超えた横断型の取り組みです。

日本の総合的な学習の時間に似ていますが、圧倒的に割く時間が長い。1年かけての取り組みとなれば、年柄年中ゴミ問題に触れることになり、自ずと子どもたちは関心をもつようになります。玲奈さんはプラスチックゴミに関しては一家言あるというくらいになり、海に行くときには必ずゴミ袋を持参し、ビーチクリーニングをするようになったそうです。

ほかにもインターナショナルスクールにはさまざまな活躍の機会があるので、生徒会活動や運動会などでリーダーとして積極的に行動するようになりました。そのなかで失敗やうまく行かないことを経験して、さらに伸びているそうです。

自主的にビーチクリーンをする玲奈さん

「手を上げれば必ずサポートしてもらえるという安心感のなかで、自己効力感が育っていきました。機会を与えていただき成長させてもらっていることが嬉しい」と由美さん。

探究型の学習は目に見える学力だけでなく、探究心・現場対応力・表現力・主体性などさまざまな力を伸ばす可能性を秘めているようです。

玲奈さんは、帰国子女対象の中学受験を経て、この春から日本の中高一貫校に進学が決まっています。日本の教育や文化に慣れていない玲奈さんにとっては、これから待ち受ける異文化の中で思いがけない体験もあるかもしれません。しかし由美さんは「もう中学生なので、多少困難があっても大丈夫だろう。応援しようと思う」と話してくれました。きっと玲奈さんは、たくましく新しい風を吹かせる存在になることでしょう。

日本とアメリカの教育や子育てを見て感じていること

ここまで、玲奈さんが受けてきたアメリカの小学校やインターナショナルスクールでの教育についてうかがってきましたが、仕事で多くの学校の先生と交流してきた経験から、改めてそれぞれの違いを由実さんに振り返ってもらいました。

子育ての結果はずっと先までわかりませんが、今感じているのは、無理に知識を詰め込む必要はないのではないかということです。もちろんベースの力、いわゆる読み・書き・そろばん的なことは大事だと思っています。でも、それ以外の学び方については極論を言えばなんでもいいと思っています。

プロジェクト型学習も素晴らしいけれど、それがすべてではありません。大事なのは子ども自身が『何かやってみたい! なにか働きかけてみたい! 自分はこれが好き! 自発的にやりたい!』という気持ちが壊れていないことだと思います。『私はこれが好きだ』という気持ちがあれば、いろんなことに挑戦していけるからです。

私自身、今になって思うことがあります。私の母はかなり自由でいろいろなことをさせてくれたので、好奇心を潰されずに済んだということです。たとえば部屋の模様替えが好きで、本棚を真っ白にペンキで塗って部屋を汚したり、弟とザリガニや昆虫、カブトエビ、ひよこや亀などいろいろ捕まえてきては、部屋で飼っていたりしました。生き物は世話不足で殺してしまうことも度々でしたが、母はおおらかに見守ってくれていました。今の私が当時の母と同じように振る舞えているかというと自信はありませんが、こうした経験が私の行動の基盤になっていると感じます。

もうひとつが、精神的・時間的な「余白」を取ることが大事だということです。日本では、ゆったりと子育てをするのがほんとうに難しいと感じます。私も子どもが小さいときから、なにか習い事させたほうがいいかと悩んだことがありました。ですが、子どもにとって余白が大事と自分に言い聞かせて踏み留まりました。その点、アメリカで出会った人たちは、「小学校の間は存分に遊ばせるものだ」という価値観を持っている人が多かったので、私も安心して遊ばせられました。でも、日本ではなかなかそうは行きませんね。余白を作るって、信念を持って取り組まなくてはできないことです。

わが家の場合はたまたまこれまで環境に恵まれました。子どもは探究型学習を通して自分の『やりたい!』という気持ちを育んでいますが、この先どういう体験をしてくるかはわかりません。それでもそのすべてを自分の肥やしにしてほしいと思っています。

取材を終えて

由実さんから探究型学習についてうかがい、共感・納得することが多いインタビューになりました。日本の教育が大きな曲がり角に来ているとはいえ、どこかアクティブ・ラーニングやICT教育など、手法の話に偏りがちになっている――私自身そんなことが気になっていたからです。

玲奈さんが受けた探究型学習では、子どもたちの好奇心を刺激することで、子ども自身が興味を持ち、自ら積極的に学ぶようになるというサイクルがうまく回っていました。そして「周囲や社会の役に立つアクションを起こすことはいいことだ」という価値観を伝えられることで、「自分が貢献できることは何か」というマインドが育っていったのです。

さらに、自分は何が好きで、何が得意で、何で貢献できるのかをじっくり考える時間的・精神的な余白がありました。もちろん日本の教育にもいい面があります。しかし、このような機会はあまり多くないのが残念です。それでも子どもの「やりたい!」という気持ちを育てるために、親にできることはたくさんあります。「待つ・急がない」もそのひとつ。遠回りのようで、「自分のやりたい!」がある子に育つ近道ではないでしょうか。

※記事の内容は執筆時点のものです

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