連載 『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

「転塾」の危機?! これってホント?|『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

専門家・プロ
2021年10月30日 西村創

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テレビドラマ『二月の勝者-絶対合格の教室-』の内容を受験指導専門家の西村創さんが「実際の現場ではどうなのか」という視点で考察します。

※原作やテレビを見ていない方の完全ネタバレにならないように留意していますが、本コラムでは内容の一部分を紹介しています。予備知識なく原作漫画や録画したドラマを楽しみたいという方は、先にそちらを見ることをおすすめします

受験指導専門家の西村創です。今回はTVドラマ『二月の勝者』の10月30日放送の第3話を題材に、塾現場を知る者として「実際はどうなの?」といった点をお伝えしていきます。

[考察・その1]塾生の「転塾」、実際は?

考察のひとつめは、塾生の「転塾」についてです。

「ああいう競争心や気が強い子は、ルトワックのほうが向いているのは事実だからなあ……」という桂先生のつぶやきのとおり、Ωクラスの前田花恋ちゃんがルトワック(原作ではフェニックス)の体験授業を受け始めます。

結論、この転塾という事態、実際の塾現場でのリアル度は100%です。転塾はどこの塾でもよく起こり得る事態で、かつ塾にとっては最悪の事態です。まずは塾の視点から転塾のリアルを解説し、その次に保護者視点から、わが子の転塾の際の見極めポイントを紹介します。

塾現場での転塾

教室長はじめ社員、そして帰属意識の高い非常勤講師は、退塾しそうな生徒がいないか常に気を配っています。塾は他塾と教室全体の合格実績を競っています。そして同時に、近隣の他塾と、一教室単位の合格実績も競っています。これまで一生懸命教えてきた自塾の生徒が近隣の他塾に移ってしまうと、自塾の合格実績がひとりぶん減ってしまううえに、近隣他塾の合格実績がひとりぶん増えるわけです。

合格実績はその翌年の生徒募集に直結するので、塾生の転塾は教室の社員にとって死活問題なんですね。しかも影響力のある生徒が転塾すると、その友達も連れられて一緒に転塾する可能性が出てきます。

ドラマでも「花恋が辞めたら、私も辞めるから」と言い出す子がいましたよね。実際そうやって、塾生が連鎖的に辞めていって閉鎖に追い込まれる教室は珍しくありません。塾は内装や設備費などのコストも比較的安く、撤退する際はその判断が早いのです。

わが子の転塾、見極めポイントは?

次に、塾生とその保護者の視点で考えてみましょう。

転塾にはリスクが伴います。どんなにお子さんに向いている塾に移ったとしても、それまで受けていた各科目の指導が途絶えて、また新たな指導に慣れるのに3カ月くらいは必要です。塾によって指導方針が大きく異なるからです。

たとえばSAPIXや日能研は、予習を推奨されません。そもそもSAPIXでは、小冊子が毎回の授業で配られるので予習ができません。他方、早稲アカや四谷大塚では、かなり予習が必要です。塾のテキスト自体がまさに「予習シリーズ」という名前ですしね。

ある塾では講師と趣味の話なんかをするような近い距離感だったのが、別の塾だと講師が担当する生徒の名前も覚えていないということがあります。指導方針がこれまで通っていた塾と正反対なこともよくあるので、慣れるのに時間がかかるのです。ただし、それでも転塾した方が良い局面があります。

ドラマの中で、桂先生は転塾について、こんなことを言いました。

「現状に満足していないご家庭が、起死回生をかけて打つ最後の一手」

これは、まさにその通りといえるでしょう。そこで私が考える「転塾した方いいかどうかの見極め方」を3つお伝えします。

転塾の見極めポイントその1 

転塾の見極めポイントひとつめは、偏差値が4カ月以上、下がり続けていないかどうかです。

まず前提として、どんなにできる生徒でも、偏差値が下がることはあります。

偏差値は、テストを受けた母集団の点数と相対的な位置づけで決まるものです。勉強してできるようになっても、テストを受ける集団が自分より点数が高ければ、偏差値は下がります。むしろできる子ほど、高いレベルで競い合っているので、偏差値は下がりやすいわけです。

だから「勉強しても成績が上がらない」「成績が2カ月連続で落ちている」というくらいで転塾すると、結局、転塾先の塾でも成績が思うように上がらずに、また別の塾への転塾を考える……ということになりかねません。成績が2カ月連続で下がるくらいは「進学塾あるある」です。焦ってわが子に「連続で下がってるけど大丈夫?!」だなんて聞くと、お子さんを余計に焦らせてしまいかねません。

でも、3カ月連続で成績が下がるのは黄色信号です。授業にほとんどついていけていない可能性が高いからです。

さらに4カ月も連続で偏差値が下がり続けると、赤信号と言っていい状態です。生徒を本気でできるようにしようと思っている塾であれば、4カ月も連続で偏差値が下がり続ける前に、何らかの手を打っているはずです。

そうなっていないのは、いわゆる「お客さん」状態になってしまっている可能性大です。塾の講師に相談して「これは現状が打開されそうもないな……」と思ったら、いよいよ行動に移すタイミングだと考えてよいと思います。

転塾の見極めポイントその2

転塾の見極めポイントその2は、復習がほとんど追いついていない状態が常態化していないかどうかです。早稲アカ、四谷大塚、栄光ゼミナールのような“予習も必要な塾”であれば、予習も対象に、やり切れていない状態が何カ月も続いてしまっていないか確認する必要があります。

授業を受けただけで、できるようになるのは、ごく一部の非常に勉強向きの子だけです。ほとんどの子は、教わっただけではできるようになりません。授業を終えたらその内容が身についているか、解いて確認して、1週間後も1カ月後も1年後も忘れないでいられるように反復する必要があるんです。

復習し切る前に、次の授業を迎えてしまうのが続くようであれば、お子さんの現在の学力はその塾の授業レベルとギャップがありすぎる可能性が高いです。

授業内容を完全に理解するのはむずかしくても、せめて半分は理解できていないと、これからもっと授業がわからなくなってくると思います。復習でどれくらい授業内容が理解できているかは、塾内テストの点数でチェック可能です。

転塾の見極めポイントその3

転塾の見極めポイントその3は、塾に嫌々通っていないかどうかです。勉強することを「苦行」だと思われている保護者も多いですが、私はそうは思いません。

スポーツでも楽器でも上達するまではおもしろくないですよね。でも、でき始めると、もう快感です。勉強も取り組んだ先に快感、おもしろさがあるんです。

教えるのがうまい講師は「合格のために必要だから勉強する」という事実はとりあえず置いておいて、「勉強ってそもそもおもしろいんだから、そのおもしろさ味わってみよう」というスタンスで授業をするものです。

勉強のおもしろさを味わえるのは、一部の勉強ができる子だけはありません。そもそも幼稚園から小学生の低学年のうちは、勉強を楽しいと思っている子の割合の方が多いんです。

それが自分の理解力を大きく超えたことを理解するように強いられるうちに、「勉強は辛いものだ」というように、勉強へのイメージが悪くなっていきます。そういう状態で勉強を続けても、あまり身になるものではありません。

もしお子さんが「勉強が辛い、塾に行きたくない」という状態で、それが続くようであれば転塾、いや退塾を含めて決断のときが近づいているのかもしれません。

[考察・その2]競争心や気が強い子は、ルトワックのほうが向いている?

考察2つめは、本当に「競争心や気が強い子は、ルトワックのほうが向いている」のかです。

桂先生は「競争心や気が強い子は、ルトワックのほうが向いているのは『事実』」と言いました。でも私の見解は異なります。

確かに競争心や気が強い子は、ルトワックが向いていそうに思えます。でもそれは、「勉強が非常にできる子であれば」という条件付きです。ルトワックのような御三家合格のためにあるような塾、なかでもSクラスという学力上位クラスには、天才的に勉強ができる子たちが結集しています。

そのような塾に「勉強は一般的にはできる」という程度で、競争心や気が強い子が入塾したらどうなるでしょうか。競争心や気が強いぶん、自己肯定感が下がって、前向きに勉強できる精神状態でなくなる可能性が高いです。

私はむしろ、周りの人のことがあまり気にならないタイプの子の方が、純粋に授業を楽しめて、成績も後から伸びてくるように思えます。実際、これまで御三家に合格した私の教え子たちは、競争心や負けん気でがんばって勉強していた子はいませんでした。

それどころか、お菓子作りやピアノなどほかの趣味も楽しみつつ、そんな趣味と同じように勉強にも取り組んで、余裕で御三家に合格するんです。競争とか、負けたくないとか、そのようなモチベーションで勉強している限り、御三家合格はむずかしいと思います。御三家は、努力で合格できるというような領域ではないのです。

「鶏口となるも、牛後となるなかれ」。力の強い大集団の後につき従うよりも、小集団のトップにいる方がよい子も意外と少なくないようです。

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※記事の内容は執筆時点のものです

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