連載 『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

「Rクラスはお客さんですから」これってホント?|『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

専門家・プロ
2021年10月23日 西村創

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テレビドラマ『二月の勝者-絶対合格の教室-』の内容を受験指導専門家の西村創さんが「実際の現場ではどうなのか」という視点で考察します。

※原作やテレビを見ていない方の完全ネタバレにならないように留意していますが、本コラムでは内容の一部分を紹介しています。予備知識なく原作漫画や録画したドラマを楽しみたいという方は、先にそちらを見ることをおすすめします

受験指導専門家の西村創です。前回に続き、TVドラマ『二月の勝者』のの第2話(10月23日放送)を題材に、塾現場を知る者として「実際はどうなの?」といった点をお伝えしていきます。

[考察・その1]一生懸命にならなくていいですよ、Rクラスはお客さんですから

考察のひとつめは、黒木先生の次のセリフです。

  • 「一生懸命にならなくていいですよ、Rクラスはお客さんですから」
  • 「Rクラスはお客さんとして楽しくお勉強させてください」

このセリフは、実際のリアル度20%です。

まずは、この「お客さん」という言葉から説明します。「お客さん」というのは、正確には「お客さん状態」で、塾に子供を通わせている保護者が自虐的に使う言葉です。「お客さん状態」というのは、成績の伸びや合格実績が塾から期待されず、月謝だけ払い続けているような状態を言います。この言葉は、保護者が使うことはあっても、塾の講師が使っているのは聞いたことがありません。

では「お客さん状態」の生徒が塾に存在しないかというと、そんなことはありません。塾のレベルが高くなるほど存在します。黒木先生がかつて所属していたルトワック(原作ではフェニックス)は、トップレベルの中学受験塾(集団塾)です。そのような塾では、成績上位の塾生に合わせた授業をします。すると、少なからず「お客さん状態」の生徒が生まれることになります。

そんな生徒をトップレベルの塾ではどうするかというと、受け皿として用意している自社の個別指導塾に通うように誘導します。そこに通ってもらうことで、集団授業についていけるようにするのです。個別指導塾や家庭教師をつけたり、親もフォローしたり、なんらかの対応策をとらないと、「お客さん状態」から抜け出すのが困難になります。

実力以上の塾に通うと、わが子が「お客さん状態」になる可能性が高くなります。わが子にとって適切なのはどこの塾なのか、総合的に判断して検討することをおすすめします。

[考察・その2]先生にはできない子供の気持ちがわからないんですか?

つぎは、佐倉先生が黒木先生に対して言った「先生にはできない子供の気持ちが、わからないんですか?」というセリフ。

こちらは、実際のリアル度100%です。できない子供の気持ちがわからない先生は珍しくありません。

「塾の講師って、できない子をできるようにしたいと思ってなるものではないの?」と思われる方がいるかもしれませんが、実態はそうでもありません。

塾講師は子供の頃から、わりと勉強が得意で、いわゆる「いい学校」に入ったものの、特に何かやりたい仕事が見つからずにその仕事に就く人も多いのです。「学生の頃に塾講師のアルバイトをやって、なかなかおもしろかったから」という理由や、「一度、一般企業に就職したけれど、しっくりこない……。自分がこれまでもっとも努力したのは『受験』だから、それに携われる仕事を」といった理由で講師になる人は多いのです。

ハイレベルな大手進学塾の講師ほど「できない子をできるようにしたい」というよりも「勉強への姿勢が主体的で、飲み込みが早い子に教えたい」と思っている割合が高い印象があります。自分自身が勉強にきちんと向き合ってきたので、それが常識だと思って生徒に向き合う傾向があるのです。塾講師が生徒のテストの採点をしていて「あれほど言ったのに、なんでここ間違えるかな……、理解に苦しむ……」などとボヤくのは、よくあります。

……と、このような塾の実態を紹介すると、できない生徒の気持ちをわかる先生が良くて、わからない先生はダメと思うかもしれません。でも、そうとも言えないのが中学受験塾です。

中学受験は高校受験と違って、向いていなければやめる選択肢があります。中学受験は向いていなければやめればいいんです。だから、特にルトワックのようなトップ塾では、できない生徒全員の気持ちに寄り添って、面倒を見る必要はないわけです。

桜花ゼミナールでも、佐倉先生ができない生徒の気持ちをわかって、いや、本当にわかっていたのだろうか……。――この話は、ここでは伏せますが、成績最下位のRクラスの加藤くんに対して、佐倉先生が「声かけてくれれば、マンツーマンで見てあげるから」と言うと、今度は成績最上位Ωクラスの前田さんから、「おかしくないですか?」「ひいきだよ、絶対!」と言われてしまいます。前田さんがこういった反応を示すのも、不自然ではありません。

できない生徒の気持ちをわかる先生は、できない生徒を優先して面倒を見がちです。授業についていけない生徒は、かわいそうに思えますからね。でも、できる生徒からすれば、できない生徒の面倒を優先されて、自分の勉強を見てもらえなくなるのは不公平です。

進学塾では、できる生徒の指導を優先するのが運営の定石です。なぜなら、御三家など難関校の合格が多数出れば「あの塾はすごい!」という評判が立って、人が集まってきますが、偏差値がそんなに高くない学校の合格実績を掲げても、なかなか人が集まってこないからです。

御三家の合格実績を売りにしている塾ではそうでない塾に比べて、勉強ができない生徒を、何がなんでもできるように指導しようとする講師は多くはありません。ですから、どんな塾を選ぶか、親の理想だけでなく、子供に合った塾を選ぶのが大事です。

偏差値55くらいの学校であれば合格できる力を持っていたとしても、ルトワックのようなトップ塾に行ったせいで、「受験に向いてない……」と思って、断念してしまうというケースは珍しくありません。

また逆に、御三家に合格できる適性があったとしても、まだ御三家に教え子を導いたことのない講師しかいないような塾に行けば、御三家合格は相当厳しくなります。

プロのレーサーになるためにスーパーカーに乗るのか、アウトドアを楽しむためにSUVに乗るのか、ちょっとした遠出や街乗りを快適にするためにファミリーカーに乗るのか、ご家庭の教育方針は、お子さんの適性や成長によって、柔軟に変化させられる余白があるといいですね。

そして最後にお伝えしたいのは、「二月の勝者」が「人生の勝者」とイコールではないということです。勝者には、さらにその上の勝者がいるものです。絶対的な勝者はいません。たとえ開成や桜蔭に合格して進学しても、今度はそこで競い合いがあるわけです。

お子さんの受験生活をサポートしていると、どうしても視点が目先になりがちです。でも中学受験をする12歳は、まだ人生約7分の1です。人生7分の1で、残りの7分の6が決定づけられるほど、世界が安定しない時代になっていることは、大人である私たちは知っているはずです。視点が目先になっていると思ったら、ぜひお子さんの「その先の人生」に思いを巡らせていただけたらと思います。

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※記事の内容は執筆時点のものです

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