
子供の書く字が汚いと感じたら ―― 中学受験との向き合い方
お子さんの書く字について「うちの子、字が汚いのよね……。もっと丁寧に書けないのかしら」と嘆く親御さんは少なくありません。今回はお子さんの字に悩む親御さんとともに、文字の美しさや丁寧さについて考えてみます。後半では家族でできるエクササイズも紹介します。
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コミュニケーション手段としての字
文字表現をコミュニケーションの手段のひとつと考えると、そのコミュニケーションが成立するか否かというのが、ひとつの大事な視点になるのでしょう。中学受験のシーンでも、読み手が答案を読めなかったり、読み違えたりしまうと問題が発生します。
ここで読者の皆さんと考えたいのは「きれいな字」と「丁寧な字」の違いです。「きれいな字」の反対を大雑把に表現すると「汚い字」ということになるでしょうか。親御さんの中には「うちの子、字が汚くて……」と嘆く方もいらっしゃるわけですが、文字の美醜観は、つまるところ個々人の美的感覚によるといえます。親子であっても、先生と生徒であっても、その感覚は異なります。
こう考えると、文字そのもの美醜についてはひとまず棚に上げ、コミュニケーションという目的においては「丁寧である」かどうか、がコミュニケーションツールの性能を左右するといえそうです。
もちろん「いつどこでも、必ず丁寧でなければならない」ということでもありませんが、「私の言葉を受け取ってください」という想いを文字という表現方法で差し出すということが基本になるのでしょう。
コミュニュケーションは「キャッチボールだ」などと言われますが、キャッチボールが成立するには、「相手がキャッチしてくれるボールを投げる」のが作法です。ぞんざいに投げつけたり、叩きつけたりしては気持ちの良いキャッチボールになりません。
「丁寧な字」ってどんな字?
とはいえ「丁寧な字」というのも、曖昧な表現です。ですから、引き続きもう少し考えてみましょう。親御さんやお子さんが想う丁寧な字はどんな字でしょうか?
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私が考える丁寧な字は「読み手への気配りがある字」です。これには想像力が必要です。また、相手への敬意が大切です。
受験のシーンでも「採点者に私の字を読んでいただく」「私のメッセージをどうぞ受け取ってください」という姿勢はとても大事だと思います。
たとえば、本人は正しく書いたつもりなのに、採点官に読み取ってもらえなかったことで、不正解になってしまうことがありますよね。こうした不正解は、積み重なれば随分ともったいないわけです。ケアレスミスといっても良いでしょう。なぜなら、Careには「注意」という意味のほかに「気配り」という意味もあるからです。すなわち「不注意」のケアレスと、「相手への気配りが足りない」ケアレスとの二重の意味でのケアレスミスです。こうした失点も「読み手への気配りをして書く」意識によって、防げることがあります。
また「読み手」には、「未来の自分」も含まれます。自分が書いた授業ノートを、あとから見返したときに、粗雑でぞんざいな字ばかりだと、自分で読み返してもわからないわけです。
字の書き取りとは少し離れますけれども、「読み手への気配りをして書く」という意識や習慣は、国語の記述問題の解答を読み返して、「伝わりやすい文章が書けないかぁ……」と考えることとも無関係ではないように思います。
書くことに嫌気がさすと、ぞんざいな字になる?
前述したように、お子さんにはお子さんなりの美的感覚があります、あるいは文字に対してそういった感覚が芽生えていない場合もあります。当然ですが、人生経験の少ないお子さんの場合、価値判断の基準が曖昧なことも多いわけです。
そういった状態で「きれいな字を書きなさい!」という親御さんの価値観を一方的に押し付け続けると、お子さんは、字を書く行為そのものにネガティブな感情を抱きかねません。要するに、「文字を書いていると嫌気がさす」ということになりかねないわけです。この「嫌気」は「やる気」の対極にあるものです。
「面倒くさいな……」とか、「もう書きたくない……」と思って嫌々書いた字は、徐々に丁寧さとは逆の、ぞんざいな気持ちが込められるようになります。結果的に親御さんの想う理想的な字とも、かけ離れていくわけです。
また、「字が汚い、ちゃんと書かないと!」といったコトバも、親御さんが投げかけがちに思いますが、「汚い」というコトバの持つ毒気にも注意が必要です。というのも、良くも悪くも、文字はその人の性格を表すかのように捉えられる向きがありますから、多用すると「自分の書いた字は汚い」という思いが「自分自身がダメなんだ」に転じかねないわけです。
ですから文字の美醜にこだわるよりも「丁寧な字を書こうとすること」、「『この字は読み手に伝わるかなぁ?』と自然と考えられるような習慣を持つこと」がとても大事に思えるのです。
丁寧さをどう芽生えさせる? 書いた字を親子で振り返る
丁寧な字――読み手への気配りをしつつ書くことが大事とお伝えしました。ところが、単に「丁寧に書きなさい」といった漠然とした指示をしたところで、お子さんがそのように書けるわけではないのが悩ましい点ですよね……。
さて、仮にお子さんが丁寧な字を書けていないと思った場合、お子さんが自分の力で、意識的に丁寧な字を書くには、どのようなサポートができそうでしょうか。
その手法はさまざまあると思うのですが、私が思うに『書きたい字を書けているかどうか』を問いかけて、肯定的に評価することは、どんな親御さんにもできるのではないかと思います。
たとえば、次のようなイメージです。
親:「その漢字、どう? あなたの思うような字が書けてる?」
子:「んー、あんまり。書けていない気がする……」
親:「そうなんだ(字を確認してみる)。もし改良するとしたらさ、どんなところかな?」
子:「このあたりとか、このあたりとか?」
親:「そっか。『てへんのハネ』をきれいに書きたいんだね。自分の書いた字と見本の字を見比べながら、もう何回か書いてみようか」
このあと、お子さんがどんな字を書いたのか、親子であらためて確認してみます。
そして、お子さんの字がどのように変わったか、ミクロな視点で観察します。そのうえで「ここの部分、カッコ良くキマってるね」と声を掛けてみたり、「ここの部分を、こういう感じで書いてみると、もっと読みやすい字になると思うよ」と励ましてみたりします。
このように、はじめのうちは「丁寧に」という、漠然とした指示だけでなく、文字通り丁寧にミクロに見てあげて、肯定的に評価していくというのが役に立つように感じます。
「なんだか、さっきよりうまく書けたかも!?」「もっとうまく書けそう!」という気持ちは「嫌気」と反対の「やる気」につながります。そのやる気は字を丁寧に書こうとする意識や習慣にもつながるでしょう。
「丁寧さ」と「ワイルドさ」を親子で体験するエクササイズ
「丁寧さ」と「ワイルドさ」※、このふたつの感覚を知るために、親子で気軽にできる簡単なエクササイズを紹介します。ご家族みんなでやってみるのもおすすめです。
※「粗雑さ」や「ぞんざいさ」と言いたいところですが、ここではあえて「ワイルドさ」と表します
用意するのは、大きめの画用紙2枚とクレヨンです。
親子で好きな色のクレヨンを握ったら、まず1枚の画用紙に親子一緒になって、クレヨンがつぶれるくらい、なんなら粉を飛び散らすくらいの気持ちで線や面を描いてみましょう。それはもうかなり野性的に、思いきり暴れるくらいのつもりで、「この画用紙を親子で塗りつぶしてやる!」くらいの気持ちで描きます。
これが1枚目の作品、親子恊働で作った「ワイルドな作品」です。
さて、1枚目の「ワイルドな作品」を描き終えたら、今度は2枚目の画用紙にワイルドさを抑えて、丁寧に親子で交互に線を描きましょう。
描く線は曲線でも直線でもOK。互いの線が交差するように丁寧に描きます。何回か交代してやっていくと、線と線とに囲まれたいくつかの面ができますね。そこから以下のような手順を踏んでみてください。
① 線と線で囲まれた面の部分を親子で順番に塗りつぶす。塗りつぶすときは、線をはみ出さないように丁寧に塗りつぶしましょう。
さらに緻密な丁寧さを家族で体験するために、次の②の手法もやってみましょう。
② クレヨンで描いた線にはさまざまな「幅」があるはずです。太い線もあれば、細い線もあるでしょう。太い線は、その線幅を活かします。つまり太い線そのものを「境界する面」として残して、それを上塗りしないように塗りつぶしてみます。
ただし、この②の作業は実際に塗りつぶす面を区切って、お試しでやってみることをおすすめします。細かく点検して全てやりきるのもよいのですが、それはそれで相当な集中力と時間を要しかねないですからね。「お父さんが描いたココの線は太いから、ここは面として活かして、はみ出さないように塗りつぶそう!」といった感じですね。
こうして親子恊働作業で作った2枚目の作品が「丁寧な作品」となります。
さて、この2枚の作品を描き終わったら、親子でふたつの絵を見比べてみてください。
どちらが良い、悪いではなく、この2つの作品を見比べてどう思ったか ―― どちらがより好みか、より美しく感じるかという点を、親子で意見交換してみましょう。また、丁寧に塗りつぶした際に要した「集中力」や「時間」などについても、振り返ってみてください。
言うまでもなく、1枚は野生的で無秩序で混沌とした世界の象徴です。かたや2枚目は1本1本の線を大事にしながら、親子で丁寧に空間を埋めていった世界です。①よりも②のほうがより一層、線を大切にした表現になります。
また①と②を比べて、コミュニケーション行動として文字を書く際に大切な丁寧さの他方で、もうひとつ重要な「時間と労力のバランス」にも、思いを馳せていただければと思います。
ワイルドであることと丁寧であることのふたつを、親子一緒に、遊びの感覚も取り入れながらじっくり観察したり、話し合って考察したりするのがこのエクササイズのポイントです。
ふたつの感覚の違いは、字を書く際の丁寧さ、粗雑さと通ずるものがあると思います。親子恊働で作業しながら、笑顔で楽しく話し合ってみる。小学校低学年から、高学年まで意外と楽しめるエクササイズですから、興味を持った方はぜひ一度試してみてください。
丁寧に書くことの意味を伝えてほしい
中学受験生に限らず、学生のうちは字を書く行為から逃れられません。子供たちが書いた答案は、大人たちから日々チェックされます。ときには「字が汚い、雑」などと注意されることもあるでしょうが、それは「お子さんの気持ちが汚い、雑だ」ということではありません。それは親御さんが粘り強く教えてあげる必要があります。
また、子供の字が丁寧でないことに対して、ワイルドに叱責するのは言動不一致です。相手へのケア、気配りがあってこその丁寧さであり、丁寧さの指導も同様です。丁寧な字を書く習慣は、一朝一夕で習得できるものではありませんから、じっくりと、楽しみながらお子さんと向き合ってみてください。字を書くことを通して身に付けられる「他者の身になって感じる、考える姿勢」は、中学受験だけでなく人生においても大いに役に立ちますよ。
これまでの記事はこちら『中学受験との向き合い方』
※記事の内容は執筆時点のものです