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中学受験と英語教育のこれまでとこれから |低学年のための中学受験レッスン#22

専門家・プロ
2023年9月11日 宮本毅

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2020年4月に始まった小学校における英語教育の必修化から、数年が経過しました。

これに伴って中学受験では、どのような変化が起こったのでしょうか。

中学受験における「英語」という科目の取り扱いについて現状を説明し、今後の予測と、それを踏まえて、中学受験を意識したときに英語の早期教育をどう考えるべきなのかという点について、お話をしたいと思います。

今後の中学入試における「英語」の取り扱いに関する展望

まず、そもそも公立小学校における「英語」の授業とはいったいどのようなものなのでしょう。

知識の定着は望みづらい小学校の英語教育の現状

小学校の英語は小学3年生からスタートします。3・4年生では「聞くこと」「話すこと」を通じて、まずは英語に慣れ親しみましょう、ということを目標とします。2年間を通して基礎的な日常会話、I’m ~.「わたしは~です。」 や I like ~.「ぼくは~が好きです。」 などの表現を使い、簡単なコミュニケーションを体験しますが、知識としての定着は目指しません。

5・6年生の英語では、「聞くこと」「話すこと」に加えてより実践的に「読むこと」「書くこと」の学習時間を増やし、英語をコミュニケーションのツールとして活用できる力を育成し、さらには中学以降の英語学習につなげていくことを目標としています。ただし実際に小学校でおこなわれている授業では、文法などは体系的に学ばず、英単語や英熟語の暗記についても特にノルマを課しているわけではありませんので、中学校以降の英語の学習とはやや乖離があるように感じます。

実際に私の塾では、中学受験が終了したあとに「中学英語準備講座」という講座を設定して英語の指導をおこなっているのですが、英単語は書けないし発音もできない生徒が多く、正直小学校での英語の授業が、子ども達の英語力増進にどこまで役立っているかはいささか疑問が残ります。

どうなる? 中学受験における英語試験

小学校での英語の授業で文法を教えない、英単語も覚えさせないといった現状を鑑みますと、中学受験で英語の試験を導入するのは困難であると感じます。学校にもよりますが、中学受験の帰国子女枠の入試問題はおおむね驚くほどレベルが高く、英検1級を持っている生徒であっても合格が難しいことは珍しくありません。小学校での英語教育とのレベル差は4~5年ほどあるともいわれており、帰国子女枠以外の生徒に英語のテストを課しても結局入学後のクラスは分けざるを得ず、英語入試を導入する意味はほとんどないと思われます。

多くの方がご存じのとおり、小学校で英語教育が始まってからも、中学入試の圧倒的なスタンダードは国算理社の四科目です。英語入試については、2020年以前より多くの学校で取り組みが始まっていましたが、2020年以後も導入する中学はそれほど増えていないのが実情です。よって、あくまでも私見ですが、日本の小・中・高・大の英語教育が大きく変わらない限り、試験科目の英語導入は今後も限定的と思われます。

英語の早期教育は有効と言えるのか?

とはいえ、我が子に英語を習わせようと考えていらっしゃる方は、なにも中学受験のために習わせるわけではありませんよね。低学年、或いは就学前のお子さんの習いごととして、英語は大人気です。では、その英語の早期教育には、どういった効果があるのでしょうか?

外国語を身に着けるには母国語の能力が必要

トロント大学オンタリオ教育研究所のジム・カミンズ教授と名古屋外国語大学の中島和子教授がトロント在住の日本人小学生を対象に調査した結果、こんなことが分かったそうです。日本語の読み書き能力をしっかり身につけてからカナダに移住した子どもは、しばらくすると現地の子どもたちと同程度の英語の読み書き能力を身につけることができるのに対して、日本語の読み書きが不十分なうちにカナダに移住した子どもは、発音はすぐに習得するものの、現地語の読み書き能力はなかなか身につけることができなかったというものです。

ジム・カミンズ教授は「第二言語の能力は第一言語(すなわち母国語)の能力によって決まる」という理論を打ち出しています。カミンズ教授は、母国語の言語能力が充分発達していれば、それを活用して第二言語をスムーズに習得できるが、母国語の言語能力が発達しないうちに第二言語を学ぶと、第二言語を充分習得できないばかりか、母国語の習熟も阻害され両方の言語が中途半端に終わってしまう恐れがあると警鐘を鳴らしています[※1]。 ほかにも、英文学者の行方照夫氏をはじめ[※2]、世界中の言語学者の多くが同様のことを主張しています。せっかく早くに学習を始めたのに、日本語と英語の両方が中途半端になっちゃうなんて、ちょっとやるせないですよね。日本学術会議も英語教育の低年齢化に反対し、まず日本語教育の充実をはかるべきだと訴えています。ひえー。

一方、英語の早期教育のメリットももちろんあります。子どものころから英語に慣れ親しんでおくと発音がきれいになったり、リスニング能力が向上することが知られています。ただしそれも毎日、ネイティブの人の英語に触れることで獲得できる能力ですので、週1回のクラスに通う程度ではなかなか効果を実感できない可能性も高いです。

深刻な日本語力の低下

では、これだけ各方面の識者が英語の早期教育に異論を唱えているのに、なぜ多くの日本人は我が子に英語を習わせたいのでしょうか。これについて言語学者の鈴木孝夫氏は「『国際化時代だもの、英語ぐらいペラペラ話せるように成りたい』などという愚かな英語信仰」と痛烈に批判しています。[※3]「英語って喋れたらカッコいいよねー」と多くの国民が考えるからこそ、」目的も意義も充分吟味されぬまま「英語の早期教育」が日本に定着したというわけですね。

偉い先生方の研究やご意見はともかく、一介の塾講師としては「英語よりもまずは日本語をしっかり勉強しようよ」と訴えたいのが本音のところです。実際にうちの塾に通っている生徒の国語力は年々低下していると感じます。数年前までは国語が苦手な生徒でも読めたような文章であっても、今の生徒は意味を理解することが困難になってきています。文章を読ませれば読めない・知らない単語(日本語)がたくさん出てきますし、30文字程度の短文を書かせても主語と述語がねじれて日本語としておかしい文章を平気で提出してきます。本当に子ども達の国語力は、深刻なレベルで低下しています。

中学受験と英語力獲得の両立、落としどころは?

私立中学の説明会に行くと、先生方の悲痛な叫びが聞こえてくることがあります。「お子さんにもっと読書をさせてください」「文章をきちんと読む習慣を見つけましょう」、こうした先生方の言葉は、今の日本の子ども達が国語力(=日本語力)を低下させていることに対する警告です。私立の中には「帰国生枠」の縮小に動いているところもあります。「なまかじりの英語力を身につけた状態よりは、真っ白なままで来てください。英語教育はわが校の独自カリキュラムでしっかり高めますよ」というメッセージとも取れます。

英語教育をするなというわけではありません。グローバル化する社会の動きをまざまざと感じていらっしゃる保護者の方が、なんとか子どもに英語力を与えてやりたいと願われるお気持ちはもっともです。ただ、無駄になってしまいがちな、むやみな英語の早期教育には、疑問を呈さざるを得ません

とりあえず中学受験までは英語に入れこみ過ぎるよりも、国語や他のお勉強をしっかりさせ、留学や英語教育に力を入れている私立中学を受験されてみてはいかがでしょう。短期留学ですとあまり意味がないようですが、中学生が半年以上現地に滞在して現地の人たちとコミュニケーションをとると、多くの場合は日常生活くらい充分マスターできるようです。国語をないがしろにして英語教育にお金と時間を注ぎこむよりもその方が効率がいいように思われます。

まとめ

先日、卒業生から久しぶりに連絡が来ました。東京外語大学に入学しこの春から大学一年生として頑張っています、という報告でした。

その子は小学校時代、算数が苦手で本当に苦しみ、結局第一志望の学校には合格できませんでしたが、その後も時々塾に遊びに来てくれていました。その子が言うには「小学校時代は英単語も全く覚えられなかったし、とにかく英語が本当に嫌いだったけど、私立で素晴らしい英語の先生に出会えてから英語が分かるようになった」ということでした。

ほぼ中高の英語教育だけで、英語の入試問題がとても難しいとされる東京外語大学に合格できるのですから、やっぱり教育って「タイミングが大事なんだなぁ」としみじみ感じた瞬間でした。

今は、何でも「先取り」の時代。周囲に遅れを取らないようにみな必死に頑張っています。でもそのことが、ママもパパも子ども達をも疲弊させてしまっているように感じます。未来ある子どもの「あと伸び」の可能性を信じて、余裕を持ってゆったりと構えていくというのもアリなのかなと感じる今日この頃です。

参考文献

[*1]『言語マイノリティを支える教育【新装版】』著 ジム・カミンズ、中島和子・2021年 

[*2]『英会話不要論』著 行方照夫、2014年

[*2]『日本人はなぜ英語ができないか』著 鈴木孝夫、1999年

※記事の内容は執筆時点のものです

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