連載 【エッセイ】騎月孝弘の「日常のなかの中学受験」

子どもたちの“こだわり”文具事情|騎月孝弘の「日常のなかの中学受験」#3

専門家・プロ
2023年11月22日 騎月孝弘

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中学受験生といえば、家でも塾でも勉強、勉強。合格を目指して、ほっと一息つく暇もない……かといえば、直前期を除けば、そうともいえません。
中学受験勉強は多くの場合、長丁場で、子どもたちにとっては日常そのものです。ささいなことで笑ったり、楽しみで胸をときめかせていたりする姿も、たくさん見られます。
ポプラ社から中学受験小説『小さな挑戦者たち~サイコウの中学受験~』を上梓された作家 兼 現役塾講師・騎月孝弘さんが、そんな子どもたちの日常を届けるライトエッセイです。

お子さんにとって勉強に使っている文具とはどのような存在でしょうか。機能性重視で、便利な道具やアイテムとして使っている子もいれば、相棒のように愛着を持っている子もいるでしょう。

そこで今回取り上げるテーマは、受験勉強に欠かせない“文房具”について。

子どもたちの熱くて深い「文具へのこだわり」についてお話ししようと思います。

ペンケースの中身はただの道具? それとも相棒?

文具への思いは、わたしの小説の中でも、主人公の結衣が語っています。

ちなみにわたしは、シャープペンシルよりも鉛筆派だ。(中略)徐々に短くなっていくさまが、文字通り『身をすり減らして』頑張る同志のように思えてくる。だから、限界まで使った鉛筆の残りは捨てるのが惜しくて、昔から缶ケースにしまっていた。そのケースも実家の押し入れを開ければ、いったいいくつ出てくるだろう。(ポプラ社『小さな挑戦者たち~サイコウの中学受験~』より)

この、短くなった鉛筆を缶ケースに溜めているというエピソード、実はかつて担当していた教え子が話していたんです。ずいぶんと自分の文具に思い入れがあるのだなと、ずっと印象に残っていたため、作中でも使わせてもらいました。

かくいうわたしにも似たようなところがあります。

いま使っているシャープペンシルは、もうかれこれ12,3年使い続けています。もともとメタリック系のライムグリーンだったボディは、塗装がすべて落ち、いまや真っ白。それでも買い換えないのは、もはや手に馴染みすぎていることと、教え子同様、自分の文具に『モノ』以上の愛着があるからです。

“こだわり”文具で勉強のやる気を高める!

教室で子どもたちの使っている文具を見ていると、それぞれにこだわりがあって興味深く、微笑ましくなります。

とある小学5年生の女の子は、チェック柄のペンケースがお気に入り。

彼女のこだわりのすごいところは、着てくる服もたいていチェック柄なこと。なんでも、塾の授業はその服を彼女なりの『制服』としているらしいんです。服とペンケースのコーディネートで、「さあ、勉強するぞ!」と気持ちを切り替えているのだと言っていました。

小5の女の子にそんな思いがあるとは……驚きでした。

文具で自分の気持ちを盛り上げている生徒は他にもいます。

小学6年生の男の子に、自分の文具を『アイテム』や『装備』と呼んでいる子がいます。彼のペンケースの中身は機能性を追求したこだわり文具がいっぱいです。

カドケシ、多機能定規、三色フリクションペン、色味の鮮やかなマーカー。シャープペンシルは芯が折れないことで有名なブランドの0.7mmで、替え芯のストックも万全。その子の場合はそれらの文具が自分にとっての『味方』となり、問題を解くうえでの大きな自信にもなっているようです。

わたしも少年時代、ファミコン(そんな世代です……)のRPG(ロールプレイングゲーム)でレベルの高いアイテムや装備をゲットすると、テンションが上がり、自分がすごく強くなった気がしていました。勉強でも文具によって同じ気持ちになれるのは心強いですね。

小学5年生のクラスには、『キャラもの』の文具で勉強に対する気持ちを盛り立てている女の子もいます。かわいらしいキャラクターたちの描かれたノートや下敷きを、「これ、ママに買ってもらったの!」と、よく授業前に見せてくれます。

やるべき課題をこなしたり、解けなかった問題が解けるようになったりすると、時折そのシリーズの文具を買ってもらえるらしく、彼女にとってはそれが勉強への大きなモチベーションになっているようです。(最近では、お母さんとそのキャラクターたちが活躍する映画も観に行ったとか)

微笑ましい「あこがれ」の気持ちを文具に乗せて

ところで、わたしの教室では“シールラリー”を導入しています。生徒はみんな、季節によってデザインの変わるシール台紙を持っており、宿題をやってきたときや小テストで満点をとったときにシールがもらえます。そして、台紙にシールが溜まると好きな文房具と交換できる仕組みです。

先日も小学4年生の男の子が、シールの溜まった台紙を持ってやってきました。

「センセー! シールたまりましたー!」

わたしが交換グッズのつまった缶ケースのふたを開けてみせると、その子は迷わずとあるグッズに手を伸ばします。シャープペンシルやいろんな色のマーカー、消しゴムなどが入っていましたが、彼が真っ先に選んだのは『暗記用マーカーと赤シートセット』でした。

なんとも渋いチョイスです。でも彼は、「これがほしかったの!」とずいぶん喜んでいました。理由を聞くと、どうやら授業後の自習室で小学6年生の男の子がそのシートを使っているらしく、社会の語句を必死に暗記している背中をみて“カッコいい”と思ったのだとか。

小学4年生が小学6年生の先輩にあこがれて真似ようとする姿に、思わず笑みがこぼれました。

“くたびれたペンケース”に込められた思い

かつてこんな子もいました。

春、新学年を迎えた小学4年生の授業を担当したとき。明日実さん(仮名)が持っていたペンケースは、ずいぶんと色あせ、くたびれていました。

(まだ4年生になったばかりなのに、ずいぶんと年季の入ったペンケースを使っているな……)そう思ったものの、当の本人に直接理由を聞くこともできず……しばらくその件には触れないまま接していました。

そして、ひと月ほど経った頃。たまたま別件でお母様にお電話する機会があり、そこで明日実さんに中学生のお姉さんがいて、そのお姉さんも中学受験を経験したのだと知りました。

明日実さんにとってお姉さんはあこがれの存在で、彼女もお姉さんと同じ中学への進学を希望しているそう。お姉さんが中学入学を機に文具をそろえ直したときに、明日実さんがお姉さんのペンケースをほしがり、中身ごと引き継いだということでした。

明日実さんは小柄でおっとりとした女の子でしたが、彼女にそんな熱い思いがあるのだと知り、健気な姿に心打たれました。

試験で力を発揮するための文房具とは?

最後に、文具について保護者様からよくいただくご質問にお答えします。

「受験に向けて、子どもの使う筆記用具のどんな点に気をつけたらよいですか」

まず避けたいのは、パンパンに膨らんだペンケース。中身がグチャグチャで、使いたい文具がなかなか見つけられない。これではふだんの勉強でも時間をロスしてしまいます。まして試験のときには、目当ての筆記用具を探すだけで焦ってしまうでしょう。

ペンケースの中身はすべて把握できていて、開いてすぐに取り出せること。これが好ましい状態です。色ペンは3色あれば十分でしょう。最近のペンケースは二重三重構造の多機能型や、収納型も多く出ています。内側の空間がひとつの袋状になっているペンケースよりは、筆記用具をケース内で整然と並べられるタイプのほうが使い勝手がよいです。

「試験本番、鉛筆とシャープペンシル、どちらを使ったらよいですか?」というご質問も多く受けます。結論からいいますと、慣れているほうを使うべきです。どちらにもメリット・デメリットはありますが、ふだんの勉強で手に馴染んでいれば本番でも力を発揮しやすいでしょう。

ただし、試験本番は緊張でいつもよりも手に力が入りやすいため、鉛筆でもシャープペンシルでも、芯を折りやすい子がいます。そのため、鉛筆なら十分な本数を、シャープペンシルも芯詰まりなどの不測の事態に備え、スペアは必須です。

たかが文具、されど文具。

日々机に向かっていろんな思いを抱きながら頑張っている『小さな挑戦者たち』にとって、何がやる気のきっかけになるかわかりません。……が、ひょっとしたら、たまたま手にした文具が彼、彼女の気持ちを盛り立てる一助になることもあるでしょう。お母様、お父様も、お子さんの使う文具に注目されてみてはいかがでしょうか。

※記事の内容は執筆時点のものです

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