進化する男子校の素顔を探る・海城|男女別学を考える#4
前回までは、女子校の文化祭の様子を紹介しました。
学校によって個性はあるものの、どの女子校も基本的には時代の変化に合わせて、進化を遂げ、伝統的で厳しい女子教育ではなく、生徒の自主性を重んじる方向性に舵をきってきています。
一方、同じ男女別学でも男子校はどうでしょう。
ノンフィクションライターの杉浦由美子さんが、海城中学高等学校の入試広報室長・ICT教育室長の中田大成先生にお話を伺いました。
保護者世代のなかには、海城というと「お勉強学校」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません
今、難関男子校の中でとくに注目を集める学校である海城は、どのように進化しているのでしょうか。
Contents
SNSの普及で揺らいだ「別学のよさ」を取り戻す
海城中学高等学校を正門から臨む(写真提供:海城中学高等学校)
――男女別学のよさは、異性の目がない環境でのざっくばらんな関係性だといわれてきました。開けっぴろげで、自由に意見を交わせるような雰囲気こそが別学のよさだと。ところが、それも変わってきたという話を聞くことがあります。(杉浦)
SNSが普及し始めたゼロ(2000)年代半ばぐらいから、海城でも生徒の様子が変化しました。
たとえば、クラスのみなの前で話すときに、自虐的なことをいって笑いをとる生徒が増えてきたんです。
昔から、本人がいないところで、他の生徒たちが「あいつ、今日、恰好つけてたな」と揶揄することもあったでしょう。それは本人の耳には届きませんでした。ところがSNSの普及で可視化されるようになったから、生徒たちは「ネットでからかわれないようにしよう」と萎縮し、先回りして、自らおどけて、傍目には痛々しい笑いをとるようになったわけです。
別学のメリットである「ざっくばらんな関係性」が簡単には作れなくなり、心の壁が生徒同士にできるようになってしまったのです。
海城には、その壁を取り除くために、成果を出している、ふたつの体験学習プログラムがあります。
心の壁を取り払う野外研修
まず、入学直後に、プロジェクトアドベンチャー(PA)という野外での研修をします。
自然の中で、ワイヤーの上を歩いたり、ターザンロープで移動したりといったミッションを、生徒たちは協力しあい挑戦していきます。
中2で挑む高い場所に張った細いワイヤーの上を歩くミッションでは、途中で恐怖に耐えられなくなって降りてくる生徒もいます。
その生徒たちに対して、他の生徒が「頑張った!すごい!」と声をかけていきます。
そうやって自分自身をさらけ出し、互いに共感することで、心の壁を取り払っていきます。
演劇を通じて自分をさらけ出す経験を
中2・中3になると、ドラマエディケーション(DE)という演劇を通した研修を本格的に実施します。
平田オリザさんの弟子筋の第一級の演劇人の方々などに指導をしてもらっています。
その中でテーマを与え、即興で演じさせることもあり、そうなると段取りもなく、生徒は芝居をするしかなくなり、その過程で繕ってない姿をさらけ出し、先ほど話した心の壁をなくしていくようになっていきます。(中田先生)
――男子校ならではの試みともいえますね。特に演劇を通した教育は、共学の中学校ではなかなか難しそうです。(杉浦)
男子ばかりの環境だからこそ成果が出せる面も
演劇の講師の方々は最初「うまくいくのか。過去にも学校で試みたがうまくいかなかった」とおっしゃっていましたが、海城では成功し、現在でも継続しています。
中学生が演技をするというのは、はじめは恥ずかしいし、照れるし、戸惑いもあるはずです。ましてや、異性がいる前で男子が芝居をするというのは、相当抵抗があるでしょう。しかし、男子校ならばそうは抵抗感なく、取り組むことができます。
プロジェクトアドベンチャーもそうですね。中には希望者だけが挑む課題もあります。ハードルが高いミッションに挑戦しようか悩むときに、男子ばかりの環境だと、失敗を恐れずに取り組みやすいんです。(中田先生)
これからの時代に必要な「新しい人間力」を育てていく
――PAやDEの成果が、普段の学習や生活にも影響していく訳ですね。(杉浦)
男子校ならではの信頼関係は生産的な議論の土台に
社会科での課題について議論するときも、生徒間の心の壁がなくなり、心理的安全が保たれていると、率直な意見交換ができます。
あるとき、生徒が街おこしにアニメの舞台であることを利用してはどうかという卒論構想を発表しました。すると、他の生徒から「アニメは流行廃りもあり得る。それをどう考えるのか?」という率直な意見が出ました。
そういうふうに個人の意見に疑問を呈す別の意見が起きても、お互いに信頼関係ができていれば、言われた方も「それも一理あるな」と前向きに受け入れることができます。生産的な議論の土台となるわけです。
保護者が海城に求めるのは「新しい人間力」
少子化の中で、生徒たちは過保護に育てられ、中学受験でも親に手厚くフォローしてもらって、入学してきます。そのため、中1といっても、精神的にまだ幼い生徒も増えています。
一方で、社会が求める人材の能力は高まっています。
保護者に「海城で育んでほしい力は?」と訊くと、「新しい人間力」という答えがもっとも多いです。本校の考える「新しい人間力」とは、対話的なコミュニケーション能力とコラボレーション能力といった対人関係領域の能力を主に指します。
これからの社会では、異質な人間同士が関わっていき、お互いが長所を引き出し合って、高いパフォーマンスを生み出すことが求められます。そういった社会に対応できる人材を育てるべく、男子校のメリットを活かし、今後もよりよい教育を模索していきたいですね。(中田先生)
取材を終えて
新理科棟(Science Center)(写真提供:海城中学高等学校)
――インタビューの後、校内を見学させていただくと、まず、驚くのが新宿区にあるとは思えない広いグランドです。その横には体育館がふたつあり、中には剣道場と柔道場もあります。2021年にオープンした新理科棟(Science Center)には理科教員の先生方の工夫がちりばめられています。校舎(教室棟)の中も通路が広かったり、教室からの眺めが大都会ならではの景観であったりと素晴らしい環境です。ハード面でもソフト面でも充実し、人材を育てていくための最高の環境でありました。(杉浦)
※記事の内容は執筆時点のものです
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