中学受験ナビ,低学年のための中学受験レッスン,宮本毅連載
中学受験ノウハウ 連載 低学年のための中学受験レッスン

低学年で算数が“できる子”は将来伸び悩む!? 高学年になって困らないために気をつけておくべきこと|低学年のための中学受験レッスン#32

専門家・プロ
2024年1月29日 宮本毅

0

皆さんのお子さんは、算数が得意ですか?

「文章問題もスイスイ解いちゃうの」「あっという間に問題集を終わらせちゃった」

……もしかしてうちの子、神童かも!?

あまりに大っぴらには言えないけれど、心の中では密かにそう思っている保護者さんもいらっしゃるかもしれません。

けれど、低学年の頃は算数が得意に見えたのに、高学年になると突然苦手になってしまうお子さんが、一定数います。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか。どうすればそのようなことを避けられるでしょうか。

今回の記事では、心理学の世界で有名な逸話を引用しながら、子どもに身に付けさせたい「本当の学力」について考えてみたいと思います。

「利口な馬ハンス」の教訓

20世紀初め、フォン・オステンという人物は「馬くらいの高等動物ならば、訓練さえおこなえば人間と同じくらいの知能を発揮できるはずだ」という考えを持っていました。

彼は自分の信念を証明するために1頭の馬を購入してハンスと名付け、小学生が習うような読み書きや計算といったさまざまな訓練を行ったのです。

その結果、ハンスは「2+3=?」とか「今日は何日か?」といった簡単な質問に対し、足を踏み鳴らす回数で正確に答えることができるようになったのです。

これに対して「何か仕掛けがあるのではないか?」と疑いを持った心理学者や動物学者らは調査団を結成し、ハンスを徹底的に調べました。

しかしハンスは主人であるオステン氏以外の人物の質問にも正確に答えることができたのです。この調査団の調査により、オステン氏の飼い馬ハンスは、「利口な馬ハンス」として世間を騒がせたのでした。

調査団が「イカサマや勘違いの可能性はない」と判定した後、オスカー・フングストという心理学者が独自に再調査をしました。彼は問題を1枚1枚紙に書いてハンスにだけ見せるという方法をとりました。すなわち出題者も観客もどんな問題が出題されているか知り得ないのです。

するとハンスは「1+1」というとても簡単な問題すら解けなくなってしまったのです。

フングストの結論はこうです。ハンスは自分で答えを導き出していたのではなく、あらかじめ問題も答えも知っていた出題者や観客の微妙な動きから正答を判断していたのだと。

ハンスは、出題者が問題を出すと、とりあえず足を踏み鳴らし始めます。そして正答の回数足を踏み鳴らした瞬間、答えを知っている出題者が「ここで踏み鳴らすのをやめて欲しい」と思って微妙に体が動くのです。

そのわずかな動きを察知して、ハンスは「正しい答え」を導き出していたに過ぎなかったわけなのです。

子ども達は本当に正しい答えを出せているのか

「利口な馬ハンス」は計算ができていたわけではありませんでしたが、充分「利口」だったと思います。何しろ心理学者でも気付かないような微妙な動きを察知していたわけですから。

人間は「こうなってほしい」「答えはこうなるはずだ」という潜在的な予想や回答があるとき(これを「予期意向」といいます)、その期待が無意識のうちに筋肉に作用して、体をわずかに動かしてしまう習性があります(「不覚筋動」という現象)。

馬のハンスが出題者の内心を読み取るのは「テレパシー」などの超自然現象ではなく、この「予期意向」「不動筋動」で説明することが可能です。

馬のハンスでさえこうした人間の微細な動きを察知できるのですから、馬以上に知能が発達した人間の子どもがこれをおこなえると考えることは、それほど突飛な発想ではないでしょう。

答えが整数や簡単な記号の場合、子ども達は教師の「予期意向」「不動筋動」による無意識下の微細行動を察知して、正しい答えを導き出しているかもしれないのです。それは残念ながら「利口な馬ハンス」同様、本当の学力とは違いますね。

誰もが天才少年・天才少女になれてしまう可能性

私が指導中によく体験することのひとつに、「生徒が教師の顔色をうかがう」ということがあります。

問題を解かせていると、大して考えた風でもないのに「これって20gかなぁ……」と言いながら私の顔を見るわけです。

まだ私が経験の浅い講師だった頃は「さぁねぇ」などと口では言いながらも、生徒のそうした行動に対して、わずかに表情が変わったり少し身体を動かしたりと何らかの反応をしていたものでした。

今では私は生徒が問題を解いているときには、まったく別のことをやって生徒に反応を読まれないようにしています。でないと生徒はどこから教師の反応を読み取り、答えを導き出しているかわからないですから。

授業中の理解度や家庭学習の出来はいいのにテストで点数が取れない生徒は、「利口な馬ハンス」状態であることを疑ってみる必要があります。

特に小学校低学年の学習は答が単純なケースがほとんどなので、誰もが「利口な馬ハンス」のごとく、天才少年・天才少女になれる可能性があります。

答えが単純な整数であったり、記号であったりする場合、子ども達がきちんとした思考を経て正しい答を導き出せているのか、教師や保護者の無意識下の微細行動を読み取っているだけなのか、充分注意してチェックする必要があるのです。

親の安易な「ホメ」が我が子をダメにすることがある

色んな子育て本に「子どもは褒めて伸ばせ」と書かれてあります。

もちろん、子どもにはできる限り肯定的な声掛けをするべきだということに異論はありません。

否定的な声掛けは子どもの自己肯定感を下げ、困難を乗り越える力が充分養われないことが知られています。

しかし、だからといってやみくもに褒めればいいというわけではありません。

たとえば、親子で一緒に算数学習をしているとき。子どもが「できた!」と見せてきたその答えが、本当に自分で頭をひねって導き出した答えなのかどうかを、保護者の方は見極める必要があります。

子どもが「答えは小数になる?」などとすぐに聞いてくる場合も要注意です。答えをどう導くかではなく、答えを勘で当てにきている場合があるからです。

こうした場合、YESともNOともいわないこと。そして、答えだけでなく、どういう風に答えにたどり着いたか、その考えた方を聞いてあげてほしいと思います。

小学校低学年の算数の問題は、答えが整数であることがほとんどです。

これは、小学校低学年では小数の計算や分数の計算をまだ習っていないからです。答えの出し方もたし算・ひき算・かけ算・わり算のどれかを一回だけ使えば、だいたい出せるようになっています。

これを私は「単層式の問題」と呼んでいます。単層式の場合、問題文中に見えている数値を足したり引いたりかけたり割ったりするだけで正解にたどり着けてしまうため、答えが予想しやすく、かつ、大人の顔色をうかがいやすいのです。

保護者の方も我が子が次々に正答を導き出すので、ついつい嬉しくなってたくさん褒めてしまいます。すると、子どもの方でも嬉しくなってますます顔色をうかがうようになる。

まさに「利口な馬ハンス」状態です。

学年が進み、計算が多層的になり式や答えに分数や小数が混じるようになると、単純な答えはぐっと減ります。こうなると、あまり考えることなく低学年の時期を過ごしてしまった子は、途端にできなくなってしまうわけです。

しかも、それまで褒められることばかりで挫折を乗り越えてきた経験があまりないため、今更努力することもできず、小5くらいになると成績が低迷してしまうことになる。できない自分と向き合えず、さらに学習意欲を下げてしまう。

これが、「低学年の頃は算数が得意に見えたのに、高学年になると突然苦手になってしまう」子が陥っている悪循環です。

子どもにできる限り粘り強く考える力を身につけさせよう

こうした状況を避けるため、大人たちはどう対応していけばよいのでしょう。

まず、お子さんが小さいうちは、そばに寄り添って一緒に困難を乗り越えていくようにしましょう。

困難にぶちあたっても「大丈夫だよ」と声をかけてあげて下さい。そして必ず困難を乗り越えさせてください。

安易に「諦める」選択をさせてしまうと、粘り強く困難に立ち向かえなくなってしまいます。

子どもが算数の問題を解けた。

もちろん褒めていいし、喜んでいいんです。

でも、この子は本当にわかっているのかな、それともあてずっぽうでできただけかなと、考える冷静さを失わないでください。

できれば、「じゃあ、こんな問題はどう?」と似たような問題や少しだけ応用の問題を出して、もう少しだけ様子をみてあげてください。

まとめ

現代は、一昔前のお母さんお父さんに比べると、非常に「優しい」人が増えました。子どもが苦しんでいる姿は見たくないと考える人も多くなったと思います。

その分「心優しい」子ども達が増えたと思いますが、一方で強メンタルな子は減ってしまったように感じます。

中学受験はもちろんのこと、人生において「うまくいくこと」よりも「うまくいかないこと」の方がずっと多いと思います。

そんなとき、くじけず困難に立ち向かえるかどうかは幼少期の経験が大きいと思います。

我が子を「千尋の谷に突き落す」ようなことはしなくていいですが、そばに寄り添い共に困難を乗り越える体験をさせてください。

そうして愛情深く育てれば、将来きっと口うるさく言わなくても、自分で勝手に学び進められる子になると思います。

最初はちょっとだけ大変ですが、頑張っていきましょう。

※記事の内容は執筆時点のものです

0