難関中学の算数と向き合うには「数字の正体」に目を向ける|「下剋上受験」桜井信一 特別インタビュー(5)
両親は中卒、それでも娘は最難関中学を目指した! そんなインパクトある実話がベースのTBS系ドラマ「下剋上受験」……。その原作者である桜井信一氏に、自身が監修を務める「マイナビ家庭教師」のこと、中学受験のこと、勉強方法についてなど、受験生を抱える保護者はもちろん、すべての親御さん必見の話を聞いた。
難関中学の算数と向き合うためには、ただ計算ができるだけではダメ。速く正確に解けるだけでもダメ。数字の正体が見えていないと話にならない
――桜井さんのお宅では、お嬢さんが小学5年の9月から受験勉強をスタートさせましたが、もし4年生、あるいはそれ以前からこれを始めていたら違っていたなあと思われるポイントがあったら教えてください。
私たちは父娘で同じように勉強を開始したわけですが、やはり長く生きてきた分だけ私のほうがリードする場面がありました。
それはとっても単純なことなのですけれど、たとえば「2分の1」という分数を見たときに私は「ああ、半分ね」と思えるわけです。「1割引き」と知った瞬間に「しょぼー」と思えるわけです。
この感覚を持っている者と持っていない者とが同じ問題に臨んだとき、理解の仕方に差が生じてしまうのは当然のことでしょう。難関中学の算数と向き合うためにはただ計算ができるだけではダメなんです。速く正確に解けるだけでもダメなんです。数字の正体が見えていないと話にならない。
でもそれを小5以降に訓練する時間はありません。そこまですると、私たちのように長時間の死闘になってしまうわけです。
その点、私の母は中卒ではあるものの、非常に優れた教育をしていました。「包丁で5つに分けておきなさい」と誕生日にケーキを渡すのです。私は喜んで引き受けて、包丁でまず真っぷたつにしました。
するとすかさず母が「やっぱりやると思ったよ。あんたバカだから」。しばらく考えたのですが、なぜか5つに分ける方法がないんです。まだ1回しか包丁を入れていないのに……。
この経験をもとに私も娘が低学年の頃から、4つに分けるときと5つに分けるときとでは、1回目の包丁の入れ方が違うということを教えてきました。のちのち分数を習ううえでたいへんよい勉強になったと思います。
――生活のなかで自然と算数的な感覚を身につけるということですね。
ところが、娘は小学校の計算ドリルを何冊もこなしていくうちに、計算は単に計算になり、数字は単に数字にしか見えなくなってしまったんですね。
「2分の1」が半分だと認識できれば、そこに「3分の2」を足すと1を超えちゃうなんてことは、もう瞬時にわからなきゃマズイ。通分して足し算してようやく気づいているようでは間に合わないんです。難関中学の算数では、答えをある程度予測する力が必要とされます。
この場合だと「1ちょっと」というのは計算する前に気づいておきたい。そこにケーキを何度も切り分けた経験知を加えると、計算するまでもなく「答えは、1個のケーキと6分の1」になるのです。
あるとき娘をスーパーに連れて行って試したことがあります。そこはすべて 「消費税抜き」 で値札が表示されていました。「父さんがさあ、片っ端から商品を指さしていくから、オマエはそれに消費税の5%を足した金額を答えていってよ」と言ったわけです(当時の消費税は5%)。
すると案の上、予想通りの答えが返ってくるのです。「えー! 暗算でぇ?」 140円のパンを私が指さすと、140×1.05の計算をしていることがわかりました。
要するにこの子の頭のなかには、計算は 「式と計算で答えを出すもの」 という常識がこびりついているわけです。これはイカンと思いました。140円をいったん10分の1にして14円にし、さらに半分にして7円にする。だから147円という発想がない。娘にとっては、消費税込みの値段が1.05である以上、やはり140×1.05なのです。
――数字を見た途端、計算しなくちゃという意識が働いてしまう……と。
ほかにも同じようなことがありました。身長が142センチの子と137センチの子の身長差を答えさせると、「繰り下がりのある引き算」 になっちゃってるのです。
「あれ?」と思って確かめたところ、どうやら数字が線の上を流れているわけではなく、142という単なる数字と137という単なる数字の、それぞれ点と点でしか認識していない。
けっして「140に惜しい数字」ではないようなのです。脳内で数字が数直線の上を走っていないのですね。
「137センチの子ってさあ、140までもう一息だと思わない?」「142センチの子は、140をちょっぴり超えただけじゃない?」 そう聞いてみても「そりゃそうだけど……」という返事しかない。
「140センチまであと3センチの子だよ? 惜しいじゃん?」「140センチから2センチ超えただけの子だよ? ビミョーじゃん?」「どー考えても、ふたりの差は5センチでしょ?」そう言うと、「きらん」とした目で「父さんすごーーい!」と感心するんです。
――まさに「繰り下がりのある引き算はしない」という桜井式計算法の基となる考え方ですね。つまりお嬢さんには、いつのまにか数字が 「連続して直線的に並んでいるもの」ではなく、ドリルで出合う計算しなくてはならない「めんどくさい問題」に見えちゃってる……。
そうなんです。算数がまるで生活に即していないことに気づきました。学校の授業で算数を習ったあと、放課後に見る数字も算数のフィルターがかかったままなんです。「計算しなくちゃ」の呪いがかかったまま家に帰ってくる。
最初はそんなバカな娘を情けなく思いました。しかし、よくよく考えてみると違うんじゃないか? 私は大人だからそう思えるだけで、子供にとってはやはり算数なんです。
子供がそんなに簡単に切り替えできるわけがない。このとき、これに気づいている親がどのくらいいるんだろう? 計算ドリルを繰り返しこなす勉強こそを「頑張る」だと思っている親が多いことから考えて、ひょっとして半数以下なのではないか? そう思ったのです。
もしかすると私のような貧乏人は常に数字をお金に置き換え、辛く厳しい日常生活に即した目でしか数字を捉えられなくなっているのかもしれない。
「惜しい」とか「ちょい超えた」とか、「おつりがある」とか「足りない」とか……そうやって日々ギリギリで暮らしているわけです。
ということは、そんな「数字に敏感」な私の子だということは「難関中を目指すのもそこまで無茶な話じゃないのでは?」「最短距離を駆け抜けることができれば、間に合うのでは?」 それと同時に「しまったあ! これを4年生までに気づいていたら、この子はかなりの高確率でエリートになれていたかもしれない」……ほんとうにそう思いました(笑)。
文◎「マイナビ学生の窓口」編集部
※この記事は「マイナビ家庭教師」Webサイトに掲載されたコラムを再編集のうえ転載したものです
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※記事の内容は執筆時点のものです
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