連載 『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

「合格に必要なのは、父親の経済力と母親の狂気」これってホント?|『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

専門家・プロ
2021年10月16日 西村創

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テレビドラマ『二月の勝者-絶対合格の教室-』の内容を受験指導専門家の西村創さんが「実際の現場ではどうなのか」という視点で考察します。

※原作やテレビを見ていない方の完全ネタバレにならないように留意していますが、本コラムでは内容の一部分を紹介しています。予備知識なく原作漫画や録画したドラマを楽しみたいという方は、先にそちらを見ることをおすすめします

受験指導専門家の西村創です。10月16日から放送開始の『二月の勝者』を題材に、塾現場を知る者として「実際はどうなの?」といった点を考察します。

結論から申し上げますと、『二月の勝者』の原作漫画・ドラマは、かなりリアルです。制作にあたって綿密な取材をしているのでしょう。塾講師経験者なら「あるある」と頷けるセリフやシーンが頻繁に出てきます。

中学受験をめざす方にとっても、フィクションではあるものの、その雰囲気を感じるのに参考になる点が多いと思います。私自身も、これまで中学受験を検討されている保護者に対して、「雰囲気を知るなら『下剋上受験』と『二月の勝者』を読んでみては」と伝えることがしばしばありました。

それでは、そんなドラマ『二月の勝者』の内容が実際のところどうなのか、お伝えしていきます。

[考察・その1]雪の降る早朝、入試応援のために校門の前で待機するシーン

考察のひとつめは、雪の降る早朝、入試応援のために校門の前で待機するシーンです。

結論、これはリアル度60%です。佐倉さんが入試応援に行ったら、校門の前にルトワック(原作漫画ではフェニックス)の講師・黒木先生が雪の中、傘もささずに立っています。

中学受験では入試当日、塾講師が生徒応援のために、生徒が来るよりも30分は早い時間に校門付近に待機します。ただ、中学受験指導のトップ塾、SAPIXをモデルにしているのが容易に想像できる“ルトワック”という塾のカリスマ講師が、偏差値の高くなさそうな三回目入試の応援に行くのは、あまりイメージしづらいです。入試応援は、塾講師の一年間の中で最も過酷なイベントです。入試シーズンは入塾者が多いシーズンと重なっているからです。

塾講師の入試日の予定を列挙してみます。

  • 早朝、学校へ生徒の入試応援に行く
  • 生徒を入試会場へ送り出したら教室に出社
  • 入塾説明会の準備
  • 入塾説明会で保護者に説明
  • 子供が受けた入塾テストの採点
  • 入塾テストの採点結果をご家庭へ連絡
  • 入試を終えて教室に来た生徒の話を聞く
  • 入試問題を受け取ってコピーする
  • コピーした入試問題を他教室の講師に共有
  • 入試問題を解く
  • 授業準備
  • 夜9時過ぎまで授業
  • 夜22時過ぎまで本部への報告作業など
  • 教室の清掃

――というのが中学入試当日の塾講師の一日です。

そして、また翌日の入試のために朝5時起きで別の入試応援に出かけます。このように入試シーズンの塾講師はかなりハードです。

黒木先生が雪の中、傘をささずに立っていたのはあくまでも演出ではありますが、この時期に講師がカゼを引くなどしたら大変です。塾講師は体調が悪くてもなかなか休めません(黒木先生にはちゃんと傘をさして欲しいものです)。

さらに、黒木先生はこんなことを言って去っていきました。

「研修中の講師を応援に送り込んで受験生をパニックにさせるなんて、桜花のやることは理解できない」

実際は研修中の講師も学生アルバイト講師も、生徒を教えていない受付事務スタッフも応援に行きます。特に人気校の入試だと、大手の塾は数十人単位で応援に行きます。

[考察・その2]合格のために最も必要なのは、父親の『経済力』と母親の『狂気』

考察ふたつめは、ドラマのなかで強烈な印象を残すこのセリフです。

「合格のために最も必要なのは、父親の『経済力』と母親の『狂気』」

これはリアル度50%です。中学受験は想定よりも、はるかに多くのお金がかかります。したがって経済力は、合格のために必要なもの、というよりも、塾で受験勉強をスタートするための必要条件なんです。

ただし、なかにはSAPIX(集団塾)に通わせているうえに、その復習を同じくSAPIX系属の個別指導塾「プリバート」や、個別指導塾の「TOMAS」、「SS-1」などといった塾を併用するケースも珍しくありません。

さらに、お金をかけられるのであれば、実績と指導力のある講師と個人契約をして家庭教師をつけるご家庭もあります。そういう意味では経済力が影響するという面は確かにあると思います。

ただ、「お金をかければかけるほど有利」という、いわゆる「課金ゲーム」とみなすほど、本人の力量が軽視されるわけではありません。結局はお子さん本人の特性と努力、相性の良い講師との出会いが結果を左右します。

一方の「母親の狂気」という言葉はどうでしょうか。フィクションとしてはおもしろい表現ですが、私の主観ではほとんど当てはまりません。たしかにわが子のために夢中でサポートする母親は多いですが、狂気までいってしまったら、子供の学力向上には悪影響を及ぼしかねません。

特に勉強面のサポートでは「子供が考えているのを“待つ余裕”」が求められます。昔の受験のように、とにかく必死に覚えまくるスタイルだと、令和の入試では点数が伸びません。今の中学入試では、受験生の思考力をはかる記述式の問題等も増えているので、「深く自分で考えられる子」が、成績が伸びていきやすいのです。そのためには子供が落ち着いて勉強できる状態を整えることが求められます。

もちろん保護者には、勉強以外のサポートも求められます。でもそれは、「狂気」というよりも、「必死」のほうが実態を表す言葉として妥当です。一生懸命取り組むわが子を必死にサポートするのは、中学受験の勉強だけでなく、サッカー、野球、ピアノ、バレエなどでも一緒です。サポートされてる保護者の方は、本当にがんばっていると思います。

[考察・その3]塾講師は教育者ではなくサービス業です

考察3つめは、このセリフ。

「塾講師は教育者ではなくサービス業です」というものです。

これはリアル度100%。私個人の考えとして100%同意です。一概には言えませんが、こと進学塾に限っていえば、塾の使命は「生徒の成績を上げて志望校に合格させる」だと私は考えています。

学校の「教師」と塾の「講師」は似て非なる存在です。塾は結果的には、受験知識、問題を解くノウハウ以外にも多くのことを学ぶ場になっています。でも、それは受験指導を通じて、生徒自身が学んだ結果です。

塾は教育ではなく、合格するための得点力をつける指導を提供する場です。大部分の進学塾は株式会社で、会社である以上、利益の追求を避けられません。生徒が来なくなれば、教室は閉鎖するしかなくなります。

塾は毎年2月の入試が終わると、最も売上比率が高い受験学年(6年生)の塾生が全員抜けます。だから、塾は常に生徒を集め続けないと成り立たないビジネスモデルです。そのために合格という実績を出して、その実績を評判に集まってくる子ども達の成績を伸ばして合格に導きます。これが塾の、塾講師の役割です。

決まった授業時間をいかに合理的に成績向上のために使うか、という点は塾講師の腕の見せどころです。高いお金をいただいているわけですから、その額に見合う結果を提供するのがプロ塾講師です。「塾講師は教育者ではなくサービス業」、これは当たり前のようでいて、塾の本質をよく理解している、的を射た言葉だと思います。

次回はドラマ第2回の考察を配信予定です。

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※記事の内容は執筆時点のものです

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