連載 「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

シェアリングエコノミーの伝道師・石山アンジュさんを育んだ母の哲学と拡張家族|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

専門家・プロ
2020年8月13日 中曽根陽子

AIが登場し、人間が果たす役割が変わっていこうとしています。「いい大学、いい会社に入れば安泰」という考え方が通用しなくなっていることは、多くの方が感じているでしょう。子どもたちが、しあわせに生きていくためには、どんな力が必要なのか? 親にできることは? この連載ではやりたいことを見つけ、その情熱を社会のなかで活かしているワカモノに注目します。彼らがどんな子ども時代を過ごしたのか。親子でどんな関りがあったのか。「新しい時代を生きる力」を育てるヒントを探っていきます。

今回の主人公は内閣府公認シェアリングエコノミーの伝道師として活躍している石山アンジュさんと、お母さんの“しぎはらひろ子”さん。しぎはらさんは、ファッションプロデューサー、服飾専門家として企業のブランド構築、戦略の策定、プロデュース、人材教育に関わってきた、プロフェッショナルです。今回は母として、一人の働く女性として娘・アンジュさんにどう関わり、何を伝えてきたのかを聞きました。

出産後2ヵ月で仕事復帰。仕事に邁進するも、娘の涙で子育て専念を決意

アンジュさんの母・しぎはらさんは、自身のことを「幼少の頃からきれいなモノが大好きで、夢はきれいなモノを作り出す仕事に就くことだった」といいます。しぎはらさんは日本にデザインという概念が育つ前から、「工芸図案科」として多くのデザイナーを輩出してきた「県立神奈川高校・産業デザイン科」にデザイナーを目指して進学。松下通信工業(株)研究開発職を経て23歳でファッション業界に転身し、30歳を目前に起業すると、その後ファッション業界の第一線で仕事に邁進します。娘のアンジュさんを産んだのは32歳の時でした。しぎはらさんは当時、大きなプロジェクトに関わっていて、ご主人が仕事を辞めて子育てに専念することになったといいます。出産2ヵ月後には仕事に復帰したそうです。その後も、海外を飛び回り仕事に没頭していました。

出産後も仕事に邁進した

ところが、ある日。夜遅くに帰宅したしぎはらさんは、小学校に入学して間もないアンジュさんから、「ふつうのお母さんが欲しい」と涙で訴えられます。――「たった一人の娘を幸せにできていない……。娘が今必要としているのは“ふつうの母親”だ」―― 娘の涙が心に深く突き刺さったしぎはらさんは、仕事をやめる決断をします。専業主婦となり、6年ほど子育てに専念したのです。

サンバを楽しみ、生きる力を伝えた子育て時代

仕事を辞めた次の日には、子ども用の包丁を買いに行き、ダイニングでお料理を教えて食事を作ったそうです。ほかにも、掃除・洗濯など、人としての基本的な生活の知恵、生きていく術を伝えたというしぎはらさん。何事もやるとなったら、徹底する気質のようです。当時、アンジュさんが遊んでいた着せかえ人形「ジェニーちゃん」の洋服を作ることにもハマって、立体裁断で最先端ファッションを再現していたそうです。その作品を見たアンジュさんの友達から次々にオーダーが舞い込み、それをきっかけに初めてママ友ができたといいます。

「私が夢中になりすぎてしまって(笑)。娘から『もう作らなくていいから……』と、あきれられることもありましたね。子育ての楽しさを、知ることができました」(しぎはらさん)

「家族で発展途上国を旅したり、キャンプをしたり、近所のママと子ども達で 『アラスカ』にオーロラを見に行ったり。仕事をしていたら味わえない、豊かな時間を過ごせた」と当時を振り返るしぎはらさん。

もうひとつ、しぎはらさん親子に影響を与えたものがサンバです。しぎはらさんはご主人と共にブラジルに3ヵ月滞在していた間に出会った、リオのカーニバルに心打たれます。帰国後は、浅草のサンバカーニバルでチームを結成。ダンサーとして参加しつつ、その衣装デザインも手掛けてきました。アンジュさんが産まれてからは、親子でお揃いの衣装をデザインして、一緒に舞台に立つのが楽しみだったとか。アンジュさんは高校生の時に、芸能事務所のアーティストアカデミーに所属してダンスレッスンを受けるほどダンスに夢中になりますが、その原点は両親と参加したサンバカーニバルだったのでしょう。

お揃いの手作り衣装を身に着けてサンバカーニバルに出るのが何よりの楽しみだった

ダンスが大好きで活発なアンジュさんは、一方で小さい頃から世界平和をモットーとする父親の影響を受けます。戦争映画が好きで、特にホロコーストに強い関心がある……という一風変わった子どもだったようです。娘・アンジュさんは、当時を振り返って「殺し合いが好きとか、かわいそうとかいうよりも、戦争に翻弄されて、生と死の間をさまよう場面や、政治的イデオロギーと、人類がもともと持つ良心とのジレンマに興味を引かれた」と言います。学校の授業で教わる前から、戦争と平和に関心があったのです。

家にいろいろな人が出入りしていた環境。両親の離婚

両親ともに「勉強よりも好きなことをしてほしい」という価値観でしたが、アンジュさんが小学4年生のときに、しぎはらさんは中学受験を視野に入れ、進学塾に通わせはじめます。しかし、塾が合わずに退塾。6年生になって「やっぱり受験をしたほうがいいのでは……」と考え、再び塾に通わせようとしたそうですが、娘さんの抵抗もあって、受験しない道を選びます。

「塾に行く、行かないでモメてしまって。娘が家を飛び出したんです。追いかけていったら、『私の夏休みは今しかない。取り上げないで……』と泣かれてしまい。中学受験は諦めました」(しぎはらさん)

母として充実した時間を過ごした頃のひろ子さんと、アンジュさん

結局、公立中学に進学することになったアンジュさんですが、この頃に両親が離婚。以来、週の3日はお父さんと住む家に、2日は近くに住むお母さんの家に、残りは知り合いの家で過ごすという生活を送るようになりました。「夫婦、別れても一緒に娘を大切に育てようと話した」と言うしぎはらさん。家族の形は変わっても、変わらない両親の愛情を受けて育ったからこそ、アンジュさんの今があるのでしょう。

アンジュさんのお父さんは若い頃、世界中を放浪していたようです。そうした背景から、子育てのために会社を退職した後は、自宅でシェアハウスを経営していました。朝起きると知らない人が家で寝ていたり、いろいろな国籍・年齢の人が、家で楽器を叩きながらサンバを踊っていたりすることがあったようです。自宅の近所に本当の娘ように可愛がってくれる知り合いの家もあり、「寂しくはなかった」とアンジュさんは言います。多様なつながりのなかで育った経験が、現在、血縁のない他人同士が「家族」として生活し、その数を増やし、拡張していく――拡張家族「Cift(シフト)」の原点になっているようです。

世界平和実現のために。「ピースメッセンジャー」を目指してICUに進学

アンジュさんは中学卒業後、プロテスタント系の私立高校に進学します。当時の心境を母・しぎはらさんは、「母校の県立高校に進学してほしかったので、この結果はとても残念だと思っていました。私が偏差値にとらわれていたんですね」と振り返ります。しかし、結果的にこの選択がアンジュさんの未来を拓くことになります。

高校時代のアンジュさんは、学校の勉強は二の次。ダンサーを目指してアーティストアカデミーに通っていました。アンジュさんは「周囲が『これは売れる・売れない』という価値観で動くことに違和感を覚えた」といいます。高校卒業後の進路に悩んでいたときに、担任の先生がすすめてくれたのが、ICU(国際基督教大学)のキリスト教校推薦入試でした。もともと「世界平和を訴えることができる、影響力のあるアーティストになりたい」という思いからダンスに打ち込んでいたアンジュさんは、ICUに平和研究ができる環境が整っていることを知り受験を決意します。

推薦入試で問われるのは、学業成績だけではありません。これまでにリーダーシップを発揮した経験、大学で何をしたいのか、大学にどのように貢献できるのかといったエッセイも重要で、徹底的に自己分析をしなければ書けない内容です。エッセイを書くにあたって、アンジュさんは母・しぎはらさんと徹底的に話し合い、自己分析をしました。そして、子どもの頃からの将来の夢は、国連が指名して平和を訴える『ピースメッセンジャー』になることだったという思いをぶつけて見事合格します。

アンジュさんは、大学在学中に2010年ミス・ユニバース セミファイナリスト、2012年ミス・ユニバース 横浜ファイナリストという華麗な経歴の持ち主です。この挑戦を後押ししたのはしぎはらさんでした。その理由は、ミス・ユニバースに選ばれると、世界中を回って社会貢献ができるから。ファッションプロデューサー、服飾戦略家のプロとしての知見を活かして、娘を応援したのです。

シェアリングエコノミーの伝道師として、活躍するアンジュさん

自分が見たい世界をこの手でつくる。活動の原点は枠組みにとらわれない家族

大学卒業後のアンジュさんは、(株)リクルートを経て、「個人と企業が対等の社会を」と、フリーランスで働く個人と企業の仲介をする(株)クラウドワークスに転職。その後、シェアリングエコノミー協会の立ち上げに参画して事務局長として、政府に対し業界団体の提言をまとめたり、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師に任命されて、シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行っています。また、落合陽一氏がホストを務める NewsPicks ネット番組「WEEKLY OCHIAI」のレギュラーMCなど、目覚ましい活躍をしています。そして、他人と家族のように暮らす「拡張家族Cift」の初代住人として、新しいコミュニティのあり方・暮らし方を模索しています。

「Ciftは、自分と他人の境界線をどう変えていくか、これまで他人事だったことをどうやって自分事として、家族のようなものとして捉えられるかという実験です。他人事を自分事に捉えることを、世界の端から端で実現できれば、それは世界平和につながるのではないか、と信じています」(アンジュさん)

今にいたる活動の原点にあるのは、子どもの頃からの世界平和への思い。そして、離れても別の形で家族としてつながってきた両親の生き様だったのです。シェアリングエコノミーという切り口で、新しい時代の家族のあり方や社会の仕組みを、身を持って示してくれている石山アンジュさんの原点は、いわゆる既存の家族という枠組みにとらわれない、でもしっかりと繋がっている家族にありました。

世界一の親ばかとして愛情を注ぎ、一人の女性として自分の生き様を見せてきた

しぎはらさんは娘・アンジュさんに、何を伝えてきたのか。話を聞きました。

私にとってアンジュは『神様からの預かりもの』という思いが強いです。その考え方の原点になっているのが、私の父の『お前の命はお前のものではない。お父さんが神様から預かった命なんだよ』という言葉でした。父は戦争で多くの人が死んでいくなか、必死に生き抜いて帰国を果たした経験があります。命のバトンを渡すという思いが強かったのでしょう。だから私も父と母から受け取った命のバトンを、アンジュに託す思いで育ててきました。なので、子どものことは一人の人間としてリスペクトしていて、決して支配的な親ではなかったと思います。

働いていて一緒にいられる時間が短い分、気をつけていたのは、娘を不安にしないことでした。だから、『ママはお仕事が大好きだけれど、アンジュのことが一番大事。もしあなたに何かあったら、どんな大事な仕事であってもすべて投げ出してすぐに帰ってくるから安心してね』ということをいつも伝えていました。そういった子育てをしていたので、娘が小学生の頃は周囲の人から“過保護だ”と言われていましたね。それでも娘には、『ママは世界一の親ばかでよいと思っている。誰がなんと言おうと、ママは最後までアンジュの味方。あなたに何かあれば、身を呈して助けるのはパパとママしかいないから覚えておいて』と伝えていました。ある時、『もしアンジュの目が見えなくなったらママの目をあげるし、手がなくなったらママの手をあげるよ』と言ったら、娘に『そんな古いのは要らない』と言われましたけれど(笑)。

娘が中学生になる直前に離婚して、私は家を出ました。徒歩5分くらいのところに住んで行き来するようになったんです。離婚を経験しましたが、周りには助けてくれる人たちがたくさんいてくれました。娘が多感な時期に、ひねくれず育ってくれたことには心から感謝しています。ただそれでも、アンジュが大学生の頃、初めて怒りをあらわにしたことがあります。『3人で仲良く暮らしていて、この幸せがずっと続くと思っていたのに壊された。親の離婚で子どもがどれほど傷ついていたか、気づいていないでしょう』と責められたんです。私も『今のあなたに、親の気持ちはわからない』と言い返し、関係がギクシャクした時期がありました。それでも仲がいい親子で、今でも一人暮らしの私を気遣ってLINEしてくれたり、訪ねてきてくれたりします。

アンジュの思想 ――豊かであることは、お金をたくさん持っていることではなく、信頼関係のある豊かなつながりを持っていることである ―― という考え方は父親の影響を受けていると思います。逆に私がしてきたことは、包み隠さず一人の働く女性として生き様を見せて伝えてきたことでしょうか。いわゆる普通の母子関係とは違うかもしれないけれど、いい関係です。今のアンジュの活躍を見ていると、『老いては子に学べ』だなと実感しています。

離れていても、変わらず仲良し親子

■しぎはらさんが子育てをしている皆さんに伝えたいこと

  1. 子どもは、神様からの預かりもの。自分のお腹から産まれてきたかもしないけれど、産まれた瞬間から、彼らの人生は始まっているということを忘れない
  2. 「愛される=自己肯定感」を持てることがとても重要。愛し方は100人いれば100通りあって、正解はないということを、大人になるまでに子どもにわからせることが大事
  3. 「いかに愛され育ってきたか?」が人生観の礎

取材を終えて

今回の取材は、これまでとはちょっと趣を異にしていて、一人の女性としての生き方や人生哲学を伺うインタビューでした。そのなかで、第一線で活躍し続けてきたプロならではの名言がたくさん出てきました。たとえば、以下のような言葉です。

「知識そのものより知恵を使うことが大事」

知恵を使うということは、目の前にある事象を最適化するために、分解し再構築すること。そのためには、物事を多方面から見て深く観察し、今目の前にあるものを最適化するにはどうしたらいいかを考える。

「アウトプットの質をあげようと思うなら、インプットの質をあげること」

3日でアウトプットしようとするなら、4日は勉強してインプットの質をあげなくてはできない。

一人の女性として、自分の気持ちに嘘をつかず、自分の愛するものを大事にしているしぎはらさん。その生き様、経験から出る言葉、そして、娘に対する惜しみない愛情が、今のアンジュさんの根っこを支える栄養になっているのだろうと感じました。家族は仲が良いに越したことはないけれど、どんな家庭でも、大なり小なりいろいろなことを抱えていると思います。そんななかで親にできることは、子どもを愛し、自分の人生を生きるための命のバトンをきちんと渡していくこと。そして、親自身が自分の人生をしっかりと生きていくことなのかもしれません。

※記事の内容は執筆時点のものです

中曽根陽子
この記事の著者
中曽根陽子 専門家・プロ

教育ジャーナリスト。小学館を出産のため退職後、「お母さんと子供達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの本をプロデュース。子育て中の女性の視点を捉えた企画に定評がある。教育雑誌から経済誌、紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。中学受験に関しては「受験を親子の成長の機会に」という願いを込めて『1歩先行く中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』『後悔しない中学受験』(共に晶文社)『子どもがバケる学校を探せ』(ダイヤモンド社)などを執筆。教育現場への豊富な取材や海外の教育視察を元に、講演活動やワークショップもおこなっており、母親自身が新しい時代をデザインする力を育てる学びの場「Mother Quest 」も主宰している。

1歩先行く中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい

公式サイト:http://www.waiwainet.com/

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