連載 「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

3年半の不登校を経て世界規模の科学大会で栄冠に輝き、孤独を解消する分身ロボを開発|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか

専門家・プロ
2020年11月05日 中曽根陽子

AIが登場し、人間が果たす役割が変わっていこうとしています。「いい大学、いい会社に入れば安泰」という考え方が通用しなくなっていることは、多くの方が感じているでしょう。子どもたちが、しあわせに生きていくためには、どんな力が必要なのか? 親にできることは? この連載ではやりたいことを見つけ、その情熱を社会のなかで活かしているワカモノに注目します。彼らがどんな子ども時代を過ごしたのか。親子でどんな関りがあったのか。「新しい時代を生きる力」を育てるヒントを探っていきます。

今回の主人公は、ロボットコミュニケーターの吉藤健太朗さん、通称オリィさんです。小・中学校での3年半の不登校経験を経て、高校時代に世界最大の科学大会で栄冠に輝き、ロボット研究者の道を歩み始めた吉藤さん。自身も体験した「人間の孤独を解消する」というミッションのもと分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発し、難病ALSなどで身体的な自由を奪われている人たちの社会参加を可能にしました。

その功績が認められ、青年版の国民栄誉賞とも呼ばれる【人間力大賞】を受賞。アジアを代表する30歳未満の30名にも選出されました。そんな吉藤さん本人に、幼少期から現在に至るまでのストーリーと、オリヒメ開発に込められた思いについて、伺いました。

人から指示されるのが大嫌い。問題児扱いされていた子ども時代

OriHime(オリヒメ)は、カメラ・マイク・スピーカーを搭載し、モーターによって手を動かせる、人型のロボットです。人工知能で動くのではなく、離れた場所にいる人間が操作します。

ロボットを操作する人は、スマホやタブレットを通して遠隔操作することで、手を上げたり目を光らせたりしてリアクションすることができます。その場の会話に加わったり、周囲を見回したりできるので、まるでその場にいるようにコミュニケーションができるため、オリヒメが置かれた場所にいる人も、遠隔でオリヒメを操作している人も、互いの存在を感じることができるのです。

そんな素敵なロボットを作っているオリィさんですが、小さい頃は問題児。集団行動が苦手で、とくになにかを強制されるのが大嫌い。指示されると、反対にぜったいやりたくなくなるタイプでした。

本人としては、人と違うことをしたいわけでなく、「自分がやりたいことと、先生がやらせたいことがまったく違っていた」だけだったそうですが、運動会の練習が嫌で逃げ回ったり、席にじっと座らないといけないのが苦痛で、なんども教室から逃げ出しては追いかけられたりしていたそうです。

小学校にあがって最も辛かったのが授業でした。興味のないことは覚えられず、暗記型の科目はいつも最下位。運動も苦手。そして、給食も苦痛な時間でした。もともと食が細くてあまり食べられなかったのですが、当時は給食を残すことが許されず、1人残されて食べるまで帰れない。それでも自分を曲げないので、先生との我慢勝負です。

オリィさんにとって学校は、我慢することや全体に合わせることを強いられる場所でした。そんなオリィさんが、小さい頃から好きだったのは折り紙です。祖父母に教わってから夢中になり、家から遠く離れた図書館に連れていってもらって折り紙や工作の本を借りては作っていました。

でも、本の通りに作る折り紙は不得手で、一生懸命つくってもシワくちゃでゴミと間違えられて捨てられたこともありました。反対に得意だったのはオリジナルの作品作り。5年生になると、大人も驚くような立体的な折り紙が折れるようになっていました。先生からほめられて、「なんでも極めれば文句をいわれなくなるんだ」と感じたとオリィさん。工作も得意で、ダンボールや紙をつかって即興のゲームを作り、友達から喜ばれていました。これが、後のもの作りにつながっていきます。

3年半に渡った引きこもり生活のはじまり

いろいろあったけれど、それなりに小学校生活を送っていたオリィさんでしたが、小学校5年生のときに、腹痛で2週間入院。小さい頃からからだが弱く、ほかの人が平気なことが本人には負担となり、ストレスで腸にガスが溜まったことにより腹痛を引き起こしたのです。それが、その後3年半に及ぶ不登校のきっかけになりました。

入院で楽しみにしていた学級会に参加できなかったことや、大好きな祖父が亡くなってショックが重なったこと。また、周囲との価値観の差も目立ってきたのです。それまでは周りから浮いた行動をしていても、遊びのルールを考えるのが好きで集団の真ん中にいれたのに、友だちは精神的に成長し始め、オリィさんの得意な工作にも興味を示してくれなくなりました。そうした状況もあり、オリィさんはだんだん孤立するようになり、学校を休む機会が多くなっていきます。

そんなオリィさんを、両親や担任の先生はなんとか学校に行かせようとしますが、それがまた苦痛で、朝になると腹痛で起きられない。そんな悪循環を繰り返すようになっていったのです。

それでも、楽しいこともありました。6年生のときの担任の先生が、オリィさん専用の部屋を作ってくれ、「図書室の栞(しおり)が足りないから得意な工作で作って欲しい」といったのです。オリィさんは当時を振り返り「役割を与えられて嬉しかった」といいます。張り切って作品作りに没頭。精神的にも回復して徐々にクラスに戻れるようになった矢先、特別扱いはできないという理由で居場所だった部屋が封鎖されてしまいます。追い詰められたオリィさんは、家にこもるようになっていきました。

引きこもり生活から抜け出すきっかけは、母が申し込んだロボコン

この頃の心境をオリィさんは「すべてが辛かった」といいます。孤立することで人との会話ができなくなる。会えば劣等感を感じ相手の顔を見るのも怖くなり、人前に出られなくなっていく。ひたすら家で天井を見て過ごすうちに、将来を悲観し、衝動的に飛び降りたいと思う気持ちになるのを必死に抑える。そんな「孤独の悪循環」に陥っていったある日、転機が訪れます。お母さんが申し込んでいた、ロボットコンテストに出場し、地区大会で優勝したのです。

パソコンを触るのも初めてだったオリィさんは、頭の良さでは他の出場者には敵わないと思い、人より多くのトライ&エラーを繰り返す戦略をとりました。それが功を奏したのです。そして1年半後、グランドチャンピオン大会に出場し、準優勝を果たします。頑張ったことが認められたことの嬉しさと同時に、優勝できなかった悔しさも味わったオリィさんですが、この時に出会ったのが、のちの師匠、久保田憲司先生でした。

先生が作った「一輪車を漕ぐロボット」を見て感動し、この先生に弟子入りしたいという一心で、先生のいる奈良県立王子工業高校を目指して勉強を始めます。暗記が苦手で、嫌いなことには集中力が続かないオリィさんですが、人生で一番学校の勉強をしたそうです。それができたのも、勉強する目的と目標が明確になったからなのです。

憧れの師匠久保田先生と開発した車椅子で、文部科学大臣賞/アジレント・テクノロジー特別賞を受賞

科学技術のコンテストで世界3位に入賞

見事目標を達成して、工業高校に入学した日から、久保田先生のもとでの修行が始まります。そして、ボランティア活動で訪ねた特別支援学校で、既存の車椅子の機能性に疑問を持ったオリィさんは、高校の電動車椅子の研究プロジェクトに参画。使い勝手の悪い車椅子で、不自由を強いられている人の生活を改善したいという思いから、研究に没頭しました。その結果、傾きを感知し自動で補正する画期的な電動車椅子を開発して、高校生の科学技術自由研究のコンテストJSECで文部科学大臣賞/アジレント・テクノロジー特別賞を受賞します。

さらに、科学技術のオリンピックと言われるISEFで、日本人初のエンジニアリング部門3位を受賞するという快挙を達成しました。日本ではあまり知られていませんが、ISEF(International Science and Engineering Fair」の略)とは、世界75以上の国と地域の約700万人から選ばれた約1700人の高校生が自分たちの研究を披露しあう科学研究コンテストで、50年以上の伝統があり、歴代出場者から7名のノーベル賞受賞者が出ているなど、世界的にも名の通った大会です。

ここで世界中から集まった参加者が「自分の命をこのために使う」と使命感や覚悟を話すのを聞いて衝撃を受けたオリィさんは、帰国後「自分の人生で成し遂げたいことはかっこいい車椅子を開発することではない」と自分のミッションを考え続けます。そうして考え続けるなかで、病気で寝たきりの人、歳をとって不自由になった人などと話すうちに、たどり着いたのが「孤独を解消する」というミションでした。

自分自身が引きこもって体験した孤独のストレスが、多くの人を苦しめていることに気づき、「自分は孤独を解消するために生まれてきたと言えるようになろう」と決意したのです。

JSECの授賞式後のパーティで師匠と仰いだ久保田憲司先生と

「孤独を解消する」をミッションに分身ロボットを開発

工業高校卒業後、孤独を解消するAIの研究をするために高専に編入したものの、人間関係でつまずき孤立。その経験もあり、最終的に「人を癒せるのは人だけだ」という気づきを得て、人と人をつなぐ新しい方法を考えるという次のフェーズへ進みはじめます。ちょうどそのころ、JSEC優勝者が早稲田大学に入れるという新しい入試制度の第1号として、早稲田大学に入学しました。

入学後、オリィさんはさまざまなサークルに入りました。それまで、議論は好きだけど、雑談のおもしろさがわからないという感覚だったのですが、それでは「孤独の解消」を目指すことができないという思いに至りました。「人工知能には相手を気持ちよくするコミュニケーションはできない。雑談のおもしろさがわからなければ、孤独の解消はできない」という考えがあったのだそうです。そこで、社交性について学ぶためにいろいろなサークルに入り、自分に合うコミュニケーションスキルの方向性を試していったのです。

試行錯誤するなかで、パントマイムサークルで「人体の動き」、演劇部で「感情について」など、コミュニケーション以外にもロボットに関わるヒントを得ていきます。また、もうひとつオリィさんにとって大きなヒントを得られたのが、お父さんが働いていていた野外活動センターでの補助員の経験です。4年間、休みの度に東京から奈良まで通って活動するうちに、人と一緒になにかをすることの喜びや友情について理解できるようになったと言います。

こうした経験値を高めながら、いよいよロボットの開発に取り組んでいきます。コンセプトは「心の車椅子」。距離や病気などの理由で身体を運べない人が、本当にそこに行っているような感覚を味わえることを目指して、ロボットとインターネットをつなぐ「分身ロボット」の開発をはじめました。

大学には入りたい研究室がなく、持ち前の「ないならつくる」精神で、自らオリィ研究室を立ち上げて、ロボット作りに没頭したオリィさん。紆余曲折を経て今のOriHimeの原型となるロボットが完成したのが、在学4年目でした。その後、さまざまなコンテストに出場して開発資金を得ながら今のOriHimeを完成させ、オリィさんの考えに賛同する仲間と共に株式会社オリィ研究所を設立しました。

「みんなの夢アワード」8000人の前でプレゼンし見事優勝。2000万円の賞金で事業も軌道にのった

その後、眼球しか動かせなくなってしまうALS(筋萎縮性側索硬化症)患者さんのために眼球の動きのみで意思伝達を可能にするデジタル文字透明板OriHime eye + Switch(オリヒメアイプラススイッチ)を開発。

さらに、寝たきりや育児中の人でもテレワークで身体労働をおこなえるOriHime-Dを発表。実際にOriHime-Dを用いた期間限定のカフェもオープンし、ニュースにもなりました。これによって、寝たきりの人だけでなく、身体を動かす必要のある業務のテレワークが実現可能となったのです。

遠隔操作で動くロボットで寝たきりの人が就業できるカフェ

そんなオリィさんが考える「生きる」とは、「人の役に立つこと」。人は誰かに必要とされたい。必要としてくれる人がいて、必要とする人がいる限り、人は生きていける。その循環が人の心を健康にするのだから。「ロボットを作るのではない。その人がそこにいるという価値を作りたい」と話してくれました。

今後について「移動だけでなく、対話と参加の障害を、気合と根性ではなく、テクノロジーの力で解消していきたい」と熱い思いを語ってくれました。

「できない」を「できる」に変換し、社会そのものの可能性を拡張する

これをコンセプトにしたオリィ研究所が、これからどんな未来を提案してくれるのか楽しみです。

子どもに教えるのではない。子どもたちから教えられる時代だ

オリィさんに子どもたち、親たちへ伝えたいことを聞きました。

「子どもたちには自分の市場価値に気づけ!」と言いたいです。子どもの数が減っている今は、自分に投資してくれる大人がいっぱいいるということです。僕自身も、もし子どもたちから、オンラインサロンを開きたいとか、学校を作りたいと言われたら、喜んで出資したいと思います。

親御さんに伝えたいことは、大人は子どもに教育してやるという意識ではなく、子どものすることに、いいリアクションを返してあげてほしいです。良いリアクションをもらえれば、子どもたちは「もっと頑張ろう!」という気持ちになります。学校も同じです。テクノロジーが進化し、これからは、子どもたちが大人に教える時代になるのですから。

取材を終えて

私がオリィさんに出会ったのは、2年前。ALSを患う知人の活動報告会でした。ユニークな黒いコート風の洋服からマジックのように長傘を引き出し、人々をあっと驚かせる自己紹介をした小柄な男性がオリィさんでした。そしてOriHimeのデモンストレーションを見て、遠く離れた場所にいる寝たきりのユーザーと、まるでそこにいるような感覚で会話できることに驚きました。

今回、幼少期からのお話をうかがって、「よくぞその才能を潰さず開花させてくれた!」とご本人はもちろんのこと、ご家族や周囲の方に感謝する気持ちが湧いてきました。なぜなら、OriHimeは、これからの社会を変えていく力を持っていると思うからです。でもその才能の持ち主は、今よりもっと型にはめようとする社会の中で、潰されてしまってもおかしくなかった。

今回ご家族に直接話しを伺う事はできませんでしたが、学校で問題児扱いされたり、人とうまくコミュニケーションできなくて引きこもってしまったり、さぞ子育ては大変だったろうと思います。しかもお父さんはオリィさんが通う中学校の先生。公私ともに複雑な思いもされていたかもしれません。

でも、オリィさんのお話をうかがっていて、感じたのは「愛」でした。「孤独の悪循環」のなかで、踏ん張れたのも、自分の思いを実現するために没頭できたのも、ベースにご両親の「無償の愛」そして、支えてくれる人々の「愛」があったからだと思います。オリィさんが「人の役に立つことが生きるということだ」という思いにたどり着いていることから、そう感じられたのです。

「学校は、学びたいことを学ぶために、行きたいときに行けばいい。でも、行けるなら行ったほうがいい。それは、優秀な友人や専門の先生との貴重な出会いと時間を作れる場所だから」(オリィさん)

今回の取材で、改めて「学校ってなんだろう? 子どもの持っている力を引き出すってなんだろう?」と考えさせられました。新型コロナによって、すべての人の移動が制限された今、孤独を解消し、人と人をつなぐOriHimeの価値は、広がっています。ますます目が離せません。

※記事の内容は執筆時点のものです

中曽根陽子
この記事の著者
中曽根陽子 専門家・プロ

教育ジャーナリスト。小学館を出産のため退職後、「お母さんと子供達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの本をプロデュース。子育て中の女性の視点を捉えた企画に定評がある。教育雑誌から経済誌、紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。中学受験に関しては「受験を親子の成長の機会に」という願いを込めて『1歩先行く中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』『後悔しない中学受験』(共に晶文社)『子どもがバケる学校を探せ』(ダイヤモンド社)などを執筆。教育現場への豊富な取材や海外の教育視察を元に、講演活動やワークショップもおこなっており、母親自身が新しい時代をデザインする力を育てる学びの場「Mother Quest」も主宰している。近著は『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)

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