子どものありのままを受け止めて味わい尽くす。それが武田双雲流子育て|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか
AIが登場し、人間が果たす役割が変わっていこうとしています。「いい大学、いい会社に入れば安泰」という考え方が通用しなくなっていることは、多くの方が感じているでしょう。子どもたちが、しあわせに生きていくためには、どんな力が必要なのか? 親にできることは? この連載ではやりたいことを見つけ、その情熱を社会のなかで活かしているワカモノに注目します。彼らがどんな子ども時代を過ごしたのか。親子でどんな関りがあったのか。「新しい時代を生きる力」を育てるヒントを探っていきます。
今回話を伺ったのは書道家・アーティストの武田双雲さんです。「僕は小さい時から『これをやりたい!』ということがない子だったんですよ」という双雲さん。双雲さんは自分のやりたいことが明確にあり、それを実現してきたのかなと思いきや、そうではなかったようです。「目標を持ってがんばるということができず、目指すものも一切なく、今この瞬間の衝動で生きているけれど、なぜか自分が楽しいと思う方向に近づいている」のだそうです。
何かを目指してきたわけではない。目の前のことに感動し、反応してきたら双雲になった
双雲さんが書の道に進むきっかけとなった出来事があります。社会人3年目のある日のことでした。職場で先輩の名前を筆で書いたときに、その先輩が双雲さんの書いた文字を見て、涙を流したのです。その先輩は親との折り合いが悪く、自分の名前が好きになれなかったといいます。先輩は双雲さんが書いた字を見て「名付けてくれた親の気持ちを感じ、両親との関係を見直そうと思った」と、涙を流したのです。
双雲さんはこの出来事に衝撃を受けて、サラリーマンを辞め、書の道に進むことを決意。当然、周りは引き止めにかかりますが、双雲さんは周囲の声を物ともせずに、独立したのです。当時を振り返って双雲さんは「自分が書いた文字で感動してくれる人がいる。インターネットがあれば仕事はできると思ったし、うまくいかなくても、餓死には至らなければ良いのでリスクはさほどないと思った」と言います。
サラリーマン時代の双雲さん
独立後は、筆を活かした名刺作成サイトを立ち上げたものの順当には行かず、路上パフォーマンスなどもしながら活動を続けていたのです。そして古民家を借り書道教室を立ち上げます。たった一人の生徒さんから始まったこの書道教室が、何百人もの生徒さんが集まる書道会に発展すると、その作品・パフォーマンスが注目され、NHKの大河ドラマのタイトル題字に抜擢されたのです。想いを綴った言葉が書籍化されると、講演に講師として呼ばれるようにもなりました。明るい人柄で周りの人の心を照らし、20年かけて海外からも注目されるアーティストになったのです。キャリア形成の8割が偶然によって決まるという“プランド・ハップンスタンスセオリー”というキャリアの考え方がありますが、まさにそれを体現されています。
2001年に教室を立ち上げた
「書道家で良かったことは、まったく参考にする人がいない世界だったことです。書道家として展覧会で入賞するとか、成功しようとも思っていなかったし、周りの声に応えていった結果、ここまできました。正解がないし、ライバルがいない世界だったから、やってこられたと思います。もしこれがミュージシャンだったら、すでに成功へのメインストリームがあり、そこを目指して期待に応えなくてはいけないですから、相当辛かったと思います」(双雲さん)
ゼロから自分の道を創りだしていった双雲さん。いったいどんな子ども時代だったのでしょうか。
双雲さんのパフォーマンス
両親からは全肯定。でも、学校では思ったことを口にして怒られる小学生時代
熊本市で武田家の長男として生まれた双雲さん。ご両親は初めての子どもの一挙手一投足に感動し「すごかね〜」「天才たい!」としか言わない全肯定の人でした。その愛情を無邪気に受けて育った双雲さんは、人に警戒心をもたない素直な子どもでした。
小学校に入学すると授業中に「なぜ風はまっすぐに吹いてくるのに、カーテンは波打って揺れるのか」「1/2を繰り返していくと、永遠に割れないはずなのに、なぜ0になるのか」などと疑問に思ったことはすぐに口にしては授業を中断させ、先生から怒られる事が多くなりました。徐々に授業中に口を開くことが少なくなっていった小学3年生のある日。理科の先生が「君は悪くない。天才だ」と声をかけてくれたそうです。
「人生の中でたくさん怒られることもあったけれど、時々、両親以外にもそうやって自分のことを肯定してくれる人が現れてくれたことが、大きな力になりました」(双雲さん)
習い事は、習字のほかに水泳や公文、空手、音楽教室、少林寺拳法など、お母さんに言われたことを素直にやる子どもでした。習字はお母さんから習っていましたが、途中で外の教室にも通いました。その頃から、お手本どおりに写すのは好きじゃなくて、自分なりに字を楽しむタイプだったのです。双雲さんのお母さんも同じで、子どもの頃から文字遊びをして楽しんでいました。お母さんから書き方の基本は厳しく指導されましたが、「長時間やらされなかったので苦ではなかった。圧力をかけられれば反発が生まれるけれど、それがなかったので反発のしようがなかった」と言います。
小4で野球を始めて以降、書道からは遠ざかっていましたが、社会人になって帰省した際、お母さんの書に感動し、自分の中に筆文字ブームが起きたのだそう。会社に小さな硯セットを持って行くようになり、先ほど紹介した「書道家になるきっかけ」に繋がっていったのです。
小学生の双雲さんと書道作品
ありのままを受け入れてもらえたから、曲がらずに大きくなれた
双雲さんは今では、自身がADHDであると公表していますが、「つい最近まで自分でも気づかなかった」そうです。しかし改めてその症状を見てみると、当てはまるところが多かったといいます。たとえば、小さいときから集中が長い時間できなくて、夢中になってすぐ飽きることがあったそうです。その瞬間の興味で動いているので、集団行動が苦手。そのために学校で怒られる事がよくあったものの、3秒後には次のことに興味が移ってしまう子でした。
感情がもたないので傷つかない。家に帰れば両親からは全肯定。ケガも多く、忘れ物も多い。しかし勉強や学校での振る舞い等について、両親から叱られたり「ちゃんとしなさい」と言われたりすることはありませんでした。成績が良くても悪くても、両親の自分に対するリアクションは変わらない。ありのままを受け入れてもらえていたので、曲がらずに大きくなれたのでしょう。「天然でやっているけれど、最強の親です」と双雲さんは言います。
しかし家庭は決して平穏というわけありませんでした。ご両親共に瞬間瞬間で生きているタイプなので、喧嘩も多かったそうです。それでも清濁隠さず、人間臭いありのままの姿を子ども達に見せてくれていたおかげで、どんな世界を見ても驚かない耐性がついたそうです。「清く正しく美しく」それだけが子どもを育てる訳ではないのですね。
武田家の家族写真
今はポジティブな印象がある双雲さんですが、ご本人は自分のことをそう思っていないと言います。
「私は心が強いタイプではありません。人と戦ったら落ち込むし、傷つきやすい人間です。ポジティブなのは、自分がネガティブになる環境から逃げてきた結果です。人間関係は書道教室で20年間いろいろなタイプの人とか関わってきたなかで鍛えられました」(双雲さん)
中学から大学までは自分の取扱い方がわからないまま試行錯誤し、感情の赴くまま感動と感謝をエネルギーに大人になったのでしょう。そして純粋で曇りのない波動に周りの人が吸い寄せられ共鳴し、双雲さんの周りで世界が回りだした。不思議な魅力のある方です。
自分は親というよりも気の合う親友。子どもの今を味わい尽くす
今、双雲さんは中3の男の子、小6の女の子、年長の男の子、3人のお子さんのお父さんです。2019年には「第38回ベスト・ファーザー賞」を受賞しています。どんな子育てをしているのかを聞きました。
長男の智生くんは、幼稚園から高校までの私立の一貫校に通っていて、小学校では生徒会長もやっていました。中学に入ってからは、世界の社会問題に関心が強くなり、児童労働問題を問いかけるための団体を立ち上げて活動をするなど、社会派リーダータイプ。ガリ勉タイプではないけれど、学校の成績もよく、周りから信頼もされている、できるお子さんのようです。今、自分でアメリカの高校に進学を決めて、日本の学校は積極的不登校中。自分で興味があることをどんどん学んでいる状態です。
双雲さんは、子育てをする際にいわゆる「父親らしく」振る舞うことはあまりなくて、気の合う親友のように接してきたそうです。そして子育てで大事にしてきたことは、「未来を考えずに、一緒にその瞬間を楽しむこと」それ以外は一切考えないといいます。
「将来のことを考えてもどうなるか、誰にもわからない。先のことを心配して、今の子どもの魅力を見逃しているのはもったいない。未来を考えずに、今を味わう。子どものことを愛でるようにじっと眺める。そうすると、涙がでるほど嬉しくなります」(双雲さん)
「ルノワールの絵画をみているような瞬間があるんですよ」そういって、上の二人の子が楽しそうに勉強しているシーンや、次男がシャボン玉を初めてやってうまくいかなくてプンプンしている写真を見せてくれました。「こんなプンプンがある」その瞬間瞬間が最高の時間だという双雲さん。
夫婦の食い違いも、相手をリスペクトすることで距離は縮まった
今は家族5人仲が良く信頼しあって暮らしている家族だという武田家。奥さんは双雲さんとは真逆の冷静沈着、しっかり派。なので最初は子育てに関して、モメていたと言います。北風と太陽なら、太陽タイプの双雲さん。自分が怒られた経験がないので、奥さんが子どもに怒ることが衝撃で、何を言っているのかわからず「なんでそんなに怒るのか」と聞いて逆に自分が怒られる。最初はそんなことの繰り返しだったそうです。
なぜ人は怒るのか ―― 双雲さんは純粋に人間が怒るメカニズムを知りたくなり、いろいろ調べたり、教室の生徒さんなど、いろいろな人に聞いて回ったそう。すると年上の生徒さんから、「奥さんが怒っているときに、そんなこと言っちゃダメ。ますますいらいらするだけだから」と怒られた、と笑います。
そうやって怒るメカニズムを自分なりに研究した結果、「自分が期待している状況と現実のギャップがあるときに『こうあってほしい』という気持ちが先に立って怒りの感情になる」ということがわかったそうです。たとえば「勉強しなさい」と怒っているお母さんの頭の中では、自分の理想の勉強イメージと違うことに怒っているのです。
しかし「勉強しなさい」と言えば言うほど逆効果で、子どもは勉強するようにはなりません。なぜなら「勉強しなさい」と言うのは、裏を返せば「あなたは勉強しない子」だと言い続けているのと一緒。子どもの潜在意識に勉強をしていないイメージが送られ、その結果イメージ通りに勉強しない状態が続くといいます。
「勉強している子に勉強しなさいとは言わないですよね」(双雲さん)
こうした双雲さんの独自の研究の結果は『怒らない子育て』という1冊の本にまとめらました。奥さんとの関係は「妻をリスペクトするほど仲良くなる」と気づいて以降、瞬間的な喧嘩はあるけれど、夫婦で寄り添いあえるようになっていきました。ここ、とっても大事な気付きです。3人の子の親となった今では、夫婦で役割分担ができるようになったといいます。双雲さんは、親というより親友。子どもと一緒にふざけるタイプ。奥さんは家族みんなの頼りになる相談相手だそう。
「私自身が自由なので、子どもにも好きなことをやらせます。しかし妻は、たとえばゲームでも、何時から何時までやるかを子どもに決めさせて、それが守れなかったら『しばくよ!』くらいの勢いで叱ります。僕もなにも全肯定が良いとも思っていません。だって、怒られていない子には、怒られる免疫がつかないですからね」(双雲さん)
子育ての考え方も、お互いにちょっとずつ理解し合い、すり合わせていったのですね。
2018年に「スーパーダディアワード」も受賞している
なんでも家族でよく話します。子どものほうが新しい世界のことを教えてくれる先輩です
武田家では家族で教育論から他愛もない話まで、なんでも題材にしていろいろ話します。子どもが何かやりたいと言った時も親から一方的に賛成・反対ではなく、真剣に話をするそうです。智生くんが「学校に行きたくない」と言い出した時も、家族で話し合いをしたそうです。
「智生に『学校の授業がおもしろくなくて、その時間が苦痛……。それでも、カリキュラムをこなさなくちゃいけない。授業はクオリティの高い先生の授業を配信すればいいのに、どうして学校で時間を過ごさなくてはいけないのか』と言われたんです。私には返す答えがありませんでした。親は子どもの人生を決められないし、子どもも迷いながら決めていくしかない」(双雲さん)
双雲さん夫婦は智生くんの考えを尊重。智生くんは、自分で世界中の学校を調べて、アメリカの高校に進学することを決め、現在はそのための準備をしながら過ごしているそうです。「日々自分で楽しんで勉強している、新しい時代の中学生だなと思います。子どものほうが世界のことを教えてくれる先輩ですね」と双雲さん。現在、家族でアメリカ移住を計画中で「アメリカがベストかどうかはわからないけれど、家族一緒にその経験を楽しんでいきたい」と話してくれました。今の日本の学校教育について訪ねると双雲さんらしい答えが帰ってきました。
「理想はあっても急に変われない事情があるんでしょうね……。教育や子どもたちのこと、学校全体について、いろいろ考えて頂いてありがたいし、先生も今できる精一杯のことをやっていると思います。ベストじゃないかもしれないけれど、それぞれの立場でよくやってくださっている。学校は税金で子どもを預かってくれているのだから、もっと肯定して、感謝とリスペクトをすべきではないでしょうか」(双雲さん)
長男・智生くんと双雲さん
新しい時代がやってきて皆、戸惑っている。でも「子どものありのままを受け止める」だけでいい
最後に、今子育てをしている人たちへ伝えたいことを双雲さんに聞きました。
今の子育て世代は、親や先生には従うのが当然だという世界の中で、そんなものだと思って生きてきた人が多いと思います。私も中学で先生から殴られていて、今思うと嫌だったんだろうけれど、当時は嫌という認識もなく、我慢とも思わず受け入れてきたところがありました。
これまでは、社会も個人の自由意志ではなく、システムで動いてきました。それがいきなり個人の自由選択に任される時代になって、戸惑っている。書道でいえば、お手本ばかり写してきて、いきなり自由に書いていいよと言われて戸惑うのと一緒の感覚です。自由を求めていたはずなのに、お手本を求めてしまう。それが今の親世代の正直な気持ちではないでしょうか。親も学校の先生も、そして子どもも、自由の時代がやってきたけれど『さて、どうする?』と悩んでいるそんな状態かもしれません。
でも、いくら考えても将来のことや明日のことはわからないのですから『今この瞬間瞬間を味わい尽くそう!』と伝えたいです。子どもはすぐに大きくなってしまいます。ただただ、芸術鑑賞のように味わって観る。そうすると、子どもたちのことが愛おしくなるはず。ありのままを受け止めたら、子どもたちはみんな素晴らしく輝き出します。
双雲さん自身が、ありのままを生きているから、お子さんたちのこともありのままを受け入れている。お子さんたちは、安心して自分のやりたいことができ、生きるチカラが育っているようです。
取材を終えて
実は私は、生徒として10年間双雲さんのもとで書道を習っていました。先生としての双雲さんは、作品の添削をする際にも、たとえば「この右払いのこの線がかっこいいですねえ」というように、必ず良いところを具体的ほめてくれました。そのように言われるともちろん嬉しかったですし、「もっと練習して、自分が満足できるような作品を書けるようになりたい!」という気持ちが湧いてきたものです。人の良いところを見ようとする、それが双雲さんです。どの人にも決して垣根を作らず同じ暖かさで接してくださるので、気持ちが落ち込んでいる時でも、その場に行くとエネルギーをチャージすることができました。
そんな双雲さんの原点にあるのは、やはり幼少期から大人になるまで、ご両親から全肯定の愛情を受けて育ったことにあるのだろうと、今回の取材を通して確信しました。双雲さんのように、何かに秀でている人は、もしかしたら欠けている部分もあるのかもしれませんが、もし人と比べて欠けている部分を直し、なんとかして平均点に持っていこうとする親の元に育ったら、今の双雲さんは生まれなかったでしょう。親から比較やジャッジ、コントロールを受けなかったから、外で困ったことがあったとしても「だいじょうぶ!」と思えたのではないしょうか。
双雲さんのご両親は、意識していたわけではないと思いますが、一生懸命ご自分の人生を生きながら、子どもたちに精一杯の愛情を注いで子育てをされてきた。そして子どもが決めたことを全肯定で応援してきた。その結果、今の双雲さんの土台ができたのだと思います。
ご本人は、「10代はイケてなかった」と言います。でも、誰しもそういうは時期ありますよね。でも、親からありのままを肯定されてじっくり育ったからこそ、自分のやりたいことを実現し、皆から愛され、人々を喜ばせることができているのでしょう。異端はとことん突き抜ければ、異才として人々を照らします。今回久しぶりに再会してお話を伺い、さらにパワーアップし、ますます自由になっていらっしゃると感じました。
新型コロナウイルスの出現によって、これまでの枠が外れ、時代は加速度的に変化していると感じることが多くなってきました。子どもたちは、確実にこれまでとはまったく違う価値観の中で生きていくことになるでしょう。予測不能な未来を心配して備えるよりも、今目の前にいる子のありのままを受け入れ、精一杯向き合う。それが、双雲さんの言う、「味わい尽くす」ということなのだと思いました。新しい時代の子育て論です。
※記事の内容は執筆時点のものです
とじる
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