「ドローンレーサーになる!」わずか1年で夢を叶えた1冊のノート|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか
AIが登場し、人間が果たす役割が変わっていこうとしています。「いい大学、いい会社に入れば安泰」という考え方が通用しなくなっていることは、多くの方が感じているでしょう。子どもたちが、しあわせに生きていくためには、どんな力が必要なのか? 親にできることは? この連載ではやりたいことを見つけ、その情熱を社会のなかで活かしているワカモノに注目します。彼らがどんな子ども時代を過ごしたのか。親子でどんな関りがあったのか。「新しい時代を生きる力」を育てるヒントを探っていきます。
今回の主人公は、小学6年生でドローンのプロレーサーになった松井暁音(あきと)くんと、お母さんの愛さんです。暁音くんがドローンに出会ったのは小学5年生の時。それまでは興味を持つことはいろいろあっても長続きしなかったのに、この時は家族の理解を得るためにプレゼンまでしてその道に進んだのです。ドローンレーサーになりたいという夢をわずか1年で叶えた裏には、愛さんと書いた1枚のノートがありました。
ドローンと1冊のノートが新しい世界を開いた
暁音くんが初めてドローンを触ったのは、小学5年生の夏休みのことです。松井家では、長期休暇には学校ではできない体験をすると決めていました。その年、航空宇宙博物館でドローンに触れるイベントがあると知った暁音くんが「ここに行きたい」と言ったのです。
暁音くんは、このイベントでドローンの操縦体験をしました。スピードを出して飛ぶドローンをカメラの映像を見ながら操縦する体験に、「空を飛んでいるみたいだった」という暁音くん。その魅力にハマり、「もっとやりたい!」とお母さんに訴えたのです。
その時、お母さんが暁音くんに渡したのが、1冊の方眼ノートでした。それまでいろいろなことに興味はあるけれど、長続きしなかった暁音くん。母・愛さんは「やりたいことを実現していくためには、漠然と思っているだけでなく、きちんと考えて、それを書いていくことが大事だ、ということ伝えたかった」と語ります。
愛さんはコミュニケーションのトレーナーをしている方で、暁音くんと一緒に方眼ノートに「ドローンのレーサーになるには?」と書いて、どうしたらそれを実現できるのか書いていきました。
暁音くんが飛ばしたかったのは、FPV (First Person View)ドローンというものです。FPVドローンは、カメラと映像送信装置をドローンに搭載し、ゴーグル(ヘッドセット)をした操縦者が、リアルタイムでその映像を見ながら操縦するというものです。機器を全て揃えるにはそれなりのお金もかかるし、飛ばすにはアマチュア無線技師免許も必要でした。
そこでお母さんは、まず「無線の免許が取れたら、ドローンを購入するためのプレゼンをしてもいい」と伝えたのです。お母さんは子どもが何か欲しいと言った時に、ただ買ってあげることはせず、お小遣いから一部でも捻出するなど、子ども自身にもどうしたら手に入るかを考えさせるようにしていました。
ゴーグルをつけてドローンを操作する暁音くん
大人に混じって講習を受け、無線免許を取得
そこから暁音くんは、自分で無線技師免許の資格の取り方を調べたそうです。通っていたドローンショップのスタッフの人に、「無線講習を2日間受けてテストを受けると合格しやすい」と聞いた、暁音くんはその方法をとることにしました。
そして無線免許の資格試験を受けに行きました。講習はもちろん一人で受けなくてはいけません。試験前の講習は1日8〜10時間にも及びましたが、大人に混じって2日間缶詰になって頑張り、アマチュア無線技師4級の試験に見事合格しました。
無線技師免許を取るには、電波法など専門的な分野の知識も習得しなくてはなりません。「学校の勉強は好きじゃない」という暁音くんですが、この勉強は苦ではなかったとか。やりたいことのためなら頑張れるのですね。その時に書いていたノートがこちら。
キーワード→ 理解したこと→ 意味という順番で書き出す使い方は、お母さんがヒントを与えましたが、それ以外は暁音くんが自分で考えてまとめたものです。講座の内容は盛りだくさんで、進みも早く、書くのに必死だったそうですが、よくまとまっています。
家族にプレゼン。ドローン購入費用を調達
次に取り掛かったのが、ドローンを買うための資金調達でした。暁音くんが貯めたお小遣いだけでは足りないので、さらに出資を募るために、おじいさんの前でプレゼンをしました。
なぜドローンを飛ばしたいのか、買うためにはどのくらいの費用がいるのか、今自分はお金をどのくらい持っているか、夢を実現するためにまず何からやろうとしているのか――といったことをプレゼンしたところ、おじいさんは感心して、費用の一部を出してくれることになったのです。こうして、無事ドローンを手に入れることもできました。プレゼンのために書いたノートがこちら。
このページには、以下のようなことが書いてあります。
[1]自分のゴール設定
- ドローンを手に入れて、4月のレースに出る
[2]現状の自分の振り返りと、事実の洗い出し
自分が欲しいものとその値段
- ゴーグル
- ドローン本体
- 操縦機
- バッテリーと充電器
今の状態
- お金が足りない
- ドローンを買えてもしまう場所がない
- 練習する場所がない
- お店が遠い
周りの人たちはどう思っているか
- お店の人「世界を目指せる」
- お兄ちゃん「サッカー辞めてドローンやればいいじゃん」
- お母さん「自分のやりたいことをやればいいじゃん」
- お父さん「部屋をきれいにした後だな。ドローンで何がしたいの?」
[3]事実から自分が何を思うか? 解釈・気持ちの記載
- 練習するための場所を家につくりたい
- 練習道具をしまう場所が欲しい
- 練習時間が欲しい
- 本当はお金を出して欲しい
- 外で飛ばせるドローンが欲しい
- 空撮もやりたい
[4]自分はどうしたらいいのか? 解釈からどうするのかを書く
- お金を稼ぐ
- ドローンを買う
- タンスを整理する
- しまう場所をつくる
[5]ポイントを3つに絞る
- ドローンをまず買う
- 部屋を片付けてしまう場所をつくる
- 練習
こうしてドローンを飛ばしてみたいという暁音くんの目標は、方眼ノートに書き、プレゼンをすることで叶ったのです。
ドローンを極めたい! 4年続けたサッカーを辞める決断
その後は4ヶ月間、小学2年から続けていたサッカーチームの練習と並行して、月2回ほどのペースで、週末ドローンの練習に通うようになります。
そして次のターニングポイントが。暁音くんは「もっと上手になりたい。自分はドローンに集中したい」と、サッカーを辞める決断をしたのです。自分で監督に話に行き、仲間には「みんなの様子をドローンで撮影できるくらいの腕前になるね」という約束をして、気持ちよく送り出してもらえたそう。
その時のメンバーとは今でもお互いの近況を報告し合いながら、切磋琢磨しています。応援しあえる仲間がいることも、暁音くんの活動を支える力になっているのです。
サッカーチームの仲間は今でも応援しあっている
小学生初のプロドローンレーサーに
暁音くんがサッカーを辞めてドローンに専念することを、普段通っているドローンショップのオーナーに伝えたところ、「それなら、スポンサーになるから頑張れ!」と言ってもらいました。週1回練習をしながら、ショップが運営するドローンスクールのスタッフとしてドローンの魅力を伝える仕事もするようになります。小学生プロドレーンレーサーの誕生です。
大会にも出るようになり、「マイクロドローン」の操作を競う全国大会で5位に入賞する快挙を遂げ、新聞にも載りました。しかし本人は、「自分はまだまだ。小学生だから注目されるけれど、もっと上手になりたい。いろいろな種類のドローンを動かせるようになりたい」と、国内外の選手の動画を見ながら研究をする日々を過ごしています。
お母さんから見た、暁音くんの変化
ドローン大会は、全国12会場で開催されていて、選手はそれらを転戦して成績を競います。週末は大会に出かけたり、ショップでスクールの手伝いをしたり。年齢も立場も、住んでいる場所も違う人たちと関わるようになって、一気に世界が広がりました。
実はそれまで暁音くんは、学校に行くのはあまり好きではありませんでした。友達の家とも離れていることから、帰宅後は一人で静かに過ごしているような子どもでした。それでも「将来のために、学校もいかなくちゃいけない」と思って学校に通っていたのです。お母さんは、暁音くんのそんな様子を見て「何かやりたいことが見つかるといいな」と思っていました。
それがドローンと出会ってから、学校でもドローンの話をするようになり、学校以外で共通の話題について話せる仲間ができたことで、いきいきと積極的になっていったのです。その様子を見て、お母さんも嬉しかったと話してくれました。新聞で活躍を取り上げられたことで、「暁音くんに会いたい」と訪ねてくる子どもたちも現れました。その子たちに丁寧に対応している暁音くんの様子に、お母さんも感心したそうです。
ショップを訪れる子にドローンのことを教える暁音くん
ドローンショップの仲間と
お母さんにも変化がありました。ドローンの試合会場も、普段通っているドローンショップも自宅からは遠く、お母さんのサポートが必要でした。そうした活動のためのサポートをするうちに、お母さんもドローンショップでアルバイトをすることになったのです。同じショップで活動する親子ですが、お母さんは暁音くんの邪魔にならないように、口出しせずに見守るようにしているそうです。
前向きになった暁音くんは以前よりも、わからないことを自分から聞けるようになったといいます。今では壊れやすいドローンを自分でハンダつけして、修理できるほどの技術を持っているそう。短期間でぐんと成長し、周囲からも驚かれているのです。
積極的ではなかった幼少期。ドローンに出会って成長
3人兄弟の末っ子として育った暁音くん
暁音くんは、幼少期どんな子どもだったのでしょう。暁音くんは3人兄弟の末っ子として生まれました。7歳と3歳違いのお兄さんがいます。両親と祖父母の7人家族です。小さい頃から、もの作りが大好きで、ダンボールやレゴでいろいろなものを作っていました。創作意欲が湧くのは、自由に作れる時でした。
幼稚園では人とペースが違っても、許されていたので楽しく取り組むことができたけれど、小学校での創作には、決まりがあって、手順通りにやらないと怒られてしまうことがあったようです。
小さい頃から手を動かして自由に作るのが好きだった
そういった経験から、学校での創作は「あまりおもしろくないな……」と感じていたようです。これまでやってきた習い事は、エレクトーン、体操教室、通信教育、そしてサッカー。お兄さんや周りの友達がやっていたから始め習い事や、人から勧められて断れずに始めた習い事がほとんどでした。
「どの習い事も『おもしろそうかなー』と思って始めた。でも、想像と違って『楽しくないな……』って感じることが多かったかも。ちゃんとやらないと先生に怒られる。でも、怒られるのは嫌。だから、周りに合わせてやっているという感じだった」と暁音くん。
案外そんな感じで、習い事を続けている子は多いのかもしれません。そんな暁音くんが、初めて自分から「やりたい!」と思ったのがドローンだったのです。
暁音くんはドローンレーサーを目指すようになってから、前述した方眼ノートを活用するようになりました。最初から上手には書けませんでしたが、お母さんと一緒に今日やった練習内容を振り返りながら、書くことを続けたのです。練習で気づいたことや、家でやる練習内容がまとめられたノートは、実にお見事。学校の自主学習にもノートを活用するようになったことで、ドローン以外のことにもいい影響が出ているようです。
「やりたい!」という気持ちがすべての始まり
子どもの中から出てくる「やりたい!」という気持ちを大切にしたこと。そしてそれを実現していくための具体的な方法を、お母さんがサポートしたことで、暁音くんの人生が動き出したといえるでしょう。
キャリアの世界ではプランド・ハップンスタンス(計画的偶発性)という考え方があります。まず今、目の前にあることに全力で取り組む。それが将来の可能性を広げてくれる最も有効な手段だという考え方です。変化の激しい時代、キャリアの8割は、こうした偶発によって形成されるといわれています。今ある仕事の50%はAIにとって変わられ、子どものたちの65%は、今はない仕事につく可能性が高いといわれています。
ドローンはこれから発展していく可能性の高い分野だと思いますが、今熱中していることが、暁音くんの将来にどうつながるのかはわかりません。しかし「自分はこれが好き!」という気持ちで探究していく先には、きっといろいろな可能性が広がっていくことでしょう。
お母さんと一緒にドローンショップで
取材を終えて
今回は、やりたいことが無かった子どもが、ちょっとしたきっかけから、やりたいことを見つけて成長していく事例です。
人前に出て話すことが得意ではなかったという暁音くんですが、取材時には、「ドローンはこれからいろいろなところで使われる可能性があるから、その魅力を多くの人に知ってもらいたい」と嬉しそうに話してくれました。
好きなことについて話すのは楽しいということもありますが、きっとドローンレースに取り組むうちに、いろいろな人と出会い、表現力も磨かれて行ったのではないでしょうか。その様子を見て、お母さんも「息子の成長を感じた」そうです。そういった暁音くんの成長を後押ししたのが、1冊のノートとお母さんのサポートでした。子どもがやりたいことを見つけた時に、どうしたらそれが実現できるのかを子ども自身に考えさせる。子ども自ら論理的に考えるための助けになる、素敵なノートでした。
まだまだメジャーではないドローンですが、「ドローンの将来性はすごくある!」という暁音くん。腕を磨いていくことで、暁音くん自身がどこに飛んでいくのか楽しみです。
※記事の内容は執筆時点のものです
とじる
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