連載 『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

「倒れる塾講師」これってホント?|『二月の勝者』で考える中学受験のリアル

専門家・プロ
2021年12月04日 西村創

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テレビドラマ『二月の勝者-絶対合格の教室-』の内容を受験指導専門家の西村創さんが「実際の現場ではどうなのか」という視点で考察します。

※原作やテレビを見ていない方の完全ネタバレにならないように留意していますが、本コラムでは内容の一部分を紹介しています。予備知識なく原作漫画や録画したドラマを楽しみたいという方は、先にそちらを見ることをおすすめします

受験指導専門家の西村創です。今回はTVドラマ『二月の勝者』の12月4日放送の第8話を題材に、塾現場を知る者として「実際はどうなの?」といった点をお伝えしていきます。

[考察・その1]塾講師が生徒の家に乗り込む

考察のひとつめは、黒木先生と佐倉先生が島津家に乗り込むシーンです。

こちら、実際のリアル度は0.1%です。

フィクションです。

塾講師はあたりまえですが「塾の」講師なので、塾を一歩出たら、もう給料をもらって働く従業員ではないので、ただの一般人です。

基本的に塾以外で保護者や生徒に会うことはありません。外でたまたま会っても、挨拶くらいはするかもしれませんが、それくらいです。塾外で何か生徒や保護者に働きかけるというようなことは、まずないですね。桂先生の言うとおり「塾講師の越権行為」になってしまいます。

そもそも桜花ゼミナールくらいの規模の塾であれば、社員規定で塾の外部で私的に生徒、保護者に会ってはならないと定められていて、違反したら懲罰の対象になります。

でも、それなら、なんでリアル度「0%」としないで、「0.1%」としたのか。

それは、もしドラマと同じような状況だったら、私もたぶん黒木先生と同じように家まで行ってしまうかもしれないと思ったのが、「0.1%」としたひとつめの理由です。

塾講師の仕事は、知らず知らずのうちにハマって、従業員としてお金のために働いているという現実を忘れて「できることはなんでもしたい」と思って、後先考えずに熱くなってしまうものです。私と同じように考える塾講師は私以外にもいることでしょう。

リアル度「0.1%」としたもうひとつの理由は、さすがに警察沙汰になるほどではないですが、実際に私の教えていた生徒のご両親が離婚したということが何件もあったからです。

「先生。面談をお願いしたいんですけど、少しお時間いただけますでしょうか……」

というお電話をいただいて、

(え……、あの子は最近特に成績も悪くないし、ご相談内容にまったく思い当たる節がないぞ……)

だなんて思っていると、

「離婚が成立したので、子供の苗字が変わります。次回からは子供を旧姓の○○と呼んでください」

と言われて、名簿や座席表の名前を急いで修正したり、逆に、

「離婚して引き落とし先の口座と名前が変更になるので手続きしたい、でも子供の苗字は今のままで」

と言われたりしたこともあります。

中学受験はある意味「危険物」なので、夫婦の意見が衝突しやすいのです。中学受験って、人によって認識が大きく異なります。中学受験について、夫婦揃って考えがぴったり一致している方がレアケースです。

親御さんご自身の経歴によって、中学受験に対する考えは“まちまち”です。中学受験をしない人の方が少数派の地域に住んでいて、自身が私立中学に進学して一流大学から一流大手企業に就職した人と、中学も高校も公立で高卒で就職した人では、受験についての話が噛み合うわけがありません。

でも、夫婦二人の価値観が合わないのは当然です。むしろ夫婦の価値観のギャップが、子供の価値観の幅になっていきます。ただし、そこにわが子の中学受験が入ってくると、夫婦の価値観の違いから衝突が起きるか、すれ違いが起こります。

夫婦それそれが、お互いに「自分はこんなに子供のためにがんばっているのに、なんで理解してくれないんだ」という思いが募ります。そうなると島津家ほど暴力的でなくても、夫婦間バトルの勃発か冷戦状態になりがちなのです。

島津家の様子を見ていると、順くんのママに同情してパパを非難したくなりますけど、パパはパパなりに一生懸命で「息子のため」と思って、自分がベストだと思うことをしてきているのでしょう。

とはいえ順くんパパには「すべて私の未熟さゆえの行動です」と反省して、もう少し自分の感情と折り合いをつけられるようになってほしいものです。

順くんパパは「あいつは受験を舐めてる」と言っていましたが、それは受験勉強を「苦難」だととらえて、その苦難を乗り越えるために真剣に立ち向かうものだという認識だからでしょう。

でも、受験勉強は「楽しさ」を見出しながら、おもしろがる余裕をもって臨んだほうがむしろ効率がいいという考えもあるわけですし、私はどちらかというとそのスタンスです。

「自分の考えこそ絶対正しい」という考えにならないように気をつけたいものです。

[考察・その2]倒れる塾講師

ふたつめの考察は、桜花ゼミナールで倒れている黒木先生のシーンです。

こちら、実際のリアル度は50%です。

「え、意外に高い?!」って思った方もいるかもしれませんね。でも、そうなんです。塾講師、結構倒れます。

体調不良で欠勤とかではなく、過労や病気をガマンし過ぎて耐えられなくなって仕事中に倒れます。

私も佐倉先生のように、倒れている講師を発見したことがありますし、倒れそうになってうずくまってしまった講師を寝かせて救急車を呼んで運んでもらったこともありました。

毎年どこかの教室で何人かが倒れて戦線離脱していました。離脱してそのまま帰ってこなかった講師も何人もいます。

塾の社員講師は休日が極端に少なくて、休憩時間もほとんど取れず、勤務時間が長いです。

生徒全員が教室からいなくなるのが22時で、そこから……

  • 休んだ生徒の家庭に授業内容と宿題の連絡
  • 集めた宿題のチェック
  • テストの採点
  • 採点した点数のパソコン入力
  • 塾生の「講習申し込み状況」と「問い合わせ者数」を本部へ報告するために集計とデータ送信
  • 教室の清掃
  • 明日の授業のプリントコピー
  • 保護者面談の準備

……なんてことをやっていると終電間際になって、帰宅する頃には日付が変わっていて、そこから風呂に入って晩ご飯を食べて、スマホをチェックして。

……だなんてやっているうちに、空が明るくなってきて慌てて寝て、平日は朝9時から本社での研修や会議、土日は面談や保護者会、テストの運営などがあって。

というような日常です。

だから塾講師は年中、睡眠不足、運動不足、栄養が偏る傾向があります。そして、体調が悪くても授業があるので休めずに無理して、でも無理がきかなくなった人から倒れていきます。

塾講師にいちばん求められるもの、それは体力なのかもしれません。

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※記事の内容は執筆時点のものです

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