中学受験ノウハウ 連載 親子のための、「探究」する中学受験

科目対策より大事? 中学受験に「教養と哲学」は必要か【前編】|親子のための、「探究」する中学受験

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変化の激しい時代でも活躍できる人材を育成するために始まっている教育改革。「思考力・判断力・表現力」が重要だとする方針で注目が集まっているのが「探究型学習」や「アクティブラーニング」です。とはいえ中学受験にはどんな影響があり、どう対応していけばよいのか、不安や疑問を感じる方も多いのではないでしょうか。この連載では、「探究×受験」を25年以上実践している知窓学舎の塾長矢萩邦彦先生に、次代をみすえた中学受験への臨み方についてうかがいます。

中学受験は入試科目に合わせて、テキストや問題集をベースにカリキュラムを消化し、解答力を上げていく学習手法のイメージが強いもの。そういったイメージから「詰め込み」や「偏差値偏重」と言われるなど、ネガティブな側面が取り沙汰されることも増えてきました。

そうした学習と対極にあるとされるのが探究型の学習です。その探究学習と受験対策のどちらも扱う塾として、存在感を増している知窓学舎では、「すべての学習に教養と哲学を」というスローガンを掲げています。塾長の矢萩邦彦先生に、中学受験における教養と哲学の重要性について聞きました。

教養や哲学は、実践的ではない?

受験という文脈で「教養」や「哲学」という言葉を持ち出すと、「そんな抽象的なことを学んでいる場合じゃない」という反応を示す保護者の方がいます。「教養や哲学は実践的じゃない。余裕のある人が学ぶものだ」という考えの方が少なからずいます。

でも、教養や哲学は別に敷居の高い学問ではなくて、誰にとっても人生を一緒に歩むパートナー的存在なんです。それは、中学受験生にも当てはまります。

この連載で度々お伝えしていますが、合否に関わらず中学受験を価値ある経験にするには、「本人が主体的に取り組むマインドであるか」という点と、「本人が成長を実感できているか」という2つの点が非常に大事です。

うまく行かない経験や挫折することで成長することも期待できますが、一方でトラウマになり中学以降の学びにとって足かせとなってしまう挫折もあります。先の2点を押さえておけば、「成功」も「失敗」も糧にできるので、合否にかかわらず、未来へ向かってポジティブに舵を切ることができます。

 

「合格はできなかったけど、自分はこんなところが成長した、だから今後はこうしていこう」

 

そんなふうに自信を持って次の道を探しに出られるなら、不合格はネガティブなものにならず、子どもはさらに成長を続けられます。また、合格した場合も、合格をゴールとして燃え尽きることなく、入学後も主体的に興味や関心をひろげて進んでいけるはずです。

難関校に合格するよりも、こうしたマインドに導くことのほうが遥かに重要です。そして、こうしたマインドに導くために大きく関わってくるのが、「教養と哲学」なのです。

こう言われても、「やっぱりピンとこない!」という方がいるかもしれませんが、まずは「子どもにとって、主体性がどれだけ重要かを本気で理解しよう!」という姿勢を持っていただくことから、スタートしましょう。

そもそも、「なぜ中学受験をするか」といったら、それは子どもに幸せな人生を送ってほしいからですよね。そのゆるぎない目標のために、教養と哲学は強固な基盤になり得るのです。

 

教養と哲学は、喩えるなら教養が「地図」で、哲学が「コンパス」です。

広い地図を持っていて、明確な方向を示すコンパスがあれば、自信を持って遠くまで行くことができますよね。そんなイメージを子どもたちに当てはめてみてほしいのです。

中学受験という選択も、自分なりの地図とコンパスがあれば、納得しながら進むことができます。そうすることで、合否に関わりなく、自信や思考力を高めて前進できる人格が育まれます。中学受験で目指すべきはこうした人生を豊かにする学習体験です。

教養の役割

私が重要だと考える教養と哲学について、まずは教養から見ていきましょう。

教養とは、「知識を広げ、多角的な視野を持ち、自己を確立すること」と言えます。難しく聞こえるかもしれませんが、私は子どもたちによく、「人の気持ちをわかること」という言い方をします。

知識があって、多様な視点で物事を捉えると、想像力や思考力が高まります。すると、自分とは立場・文化・考え方などが違う相手に対して、その気持ちを理解する助けになります。

「人の気持ちをわかること」は、不要な対立を生まずに最善を模索するために必要です。それはつまり、自分が生きやすい道を見つけやすくすることを意味します。

さらに、教養が身につく過程で、次の2点がおおいに醸成されると考えています。

  1. 思考して物事を理解する力
  2. 理解して吸収することに対する前向きな姿勢

要するに、学習するための土壌が整うというわけです。この2点は応用力や、実践力に通じます。実践力は教養の裏付けがあってこそ発揮されるものなのです。

こう考えると、「子どもに教養が必要」という意見に、保護者のみなさまも賛同しない理由はないのではないでしょうか。

とはいえ受験モードに入ってしまうと、「教養で『点数』が上がるの?」と考えてしまいがちです。

でも、ちょっと考えてみていただきたいんです。

 

点数を上げたいのはなぜですか?

 

志望校に合格したいからですね。

 

志望校に入りたいのはなぜでしょうか?

 

子どもの人生をよい方へ導きたいからですよね。

 

では、よい人生とは何でしょうか?

 

「自立して自分の生き方に納得感を持って進んでいる状態」

 

ではないでしょうか。

だとすると、どうでしょう。

そうした状態をめざすなら、学科的な学力だけでなく、自分の生きやすい道を探せる主体性や、得た学力を活かす応用力が必要だ。

そんなふうに思えてはこないでしょうか。

教養を高めるには

「いやいや、いい学校に行けば、主体性も応用力もついてくるはず」と、学校にお任せ的な気持ちがあるとしたら、それは子育てを甘くみているかもしれません。

少なくとも思春期くらいまでは、最も長く過ごす場所は家庭なんです。ですから保護者の情熱や関わりが最も影響します。

中学受験で保護者がやるべきは勉強を見てあげることではありません。力を入れるべきは子どもがモチベーションを保てるように伴走することなんです。

  • 情熱を持って子どもと対話する
  • 子どもの意見も聞きながら受験に対する合意形成をする

こうした一連のアクションはモチベーションに作用します。そしてこのアクションの過程こそまさに、教養を高めている瞬間です。

子どもに対して、「教養とはね…」などと改まって話す必要はありません。

日ごろから子どもの興味や関心がどんな方向に向けられているのかを、一緒に少しずつでいいので確認して、それについて調べたり話し合ったりしてみることです。そうしたことの継続が教養を培います。

 

「でも忙しいから……。サクっと教養が身につくノウハウ本があればいいのに……」

 

こうした近道を求める思考では、教養は身につきません。そもそも教養というのは一問一答的な知識ではないんです。

忙しい毎日だとしても、1分でいい。「本気で子どもと話す時間」をつくって、興味や関心について語り合い、考えを引き出してみようという大人のマインドが大事です。

さしあたって、「なぜ中学受験をするのか」を言語化して、親子で対話してみるのはどうでしょう。その時は、大人から発言を強制しないこと。子どもと一緒に考えるスタンスで、子どもからも考えを引き出してみましょう。親が思うような対話にならなくてもOKです。「じゃあ次は別な視点から話をふってみよう」と、次の機会につなげればいいのです。

とても地道な一歩に思えますが、これこそが教養を広げている過程です。

こうした対話の積み重ねがあると、偏差値や点数に一喜一憂せず、自分らしい価値観を持って中学受験に臨むことが可能になると思います。

中学受験においても教養が大事な理由について、少しイメージがついてきたでしょうか。「今日、わが子と対話をしてみたいな」と思ってくださったら幸いです。

後編では、もう一つの軸、「哲学」についてお話していきます。


これまでの記事はこちら『親子のための、「探究」する中学受験

※記事の内容は執筆時点のものです

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