連載 イメージで覚える中学受験歴史

弥生時代【2】中国の3つの歴史書――イメージで覚える中学受験歴史

2020年2月06日 吉崎 正明

「難しくて苦手」という受験生が多いのが歴史。でも、時代をイメージで理解すれば歴史の理解はグンと進みます。この連載では、時代ごとの特徴的な出来事を中心に、歴史をわかりやすく解説します

弥生時代の様子を知る「3つの歴史書」

弥生時代の様子は、中国の3つの歴史書から知ることができます。

・「漢書」地理志
・「後漢書」東夷伝
・「魏志」倭人伝

旧石器時代や縄文時代はもちろん、弥生時代のころの日本には文字がありませんでした。そのため、記録を残すことができなかったのです。

一方で、海の向こうにある中国ではすでに文字を使っていました。そして中国の歴史書を調べると、当時の日本の様子が書かれています。これらは、日本のことが文字で書かれている貴重な史料です。

ちなみに、中国の歴史書によると日本は「倭(わ)」と呼ばれていたようです。日本から中国に来た使いが「わ」と言っていたから、日本を「倭」と呼ぶようになったという説もあります。

「漢書」地理志

まずは、「漢書」地理志(かんじょちりし)です。紀元前の中国には「漢」という王朝がありました。その「漢」の時代に書かれた歴史書が「漢書」です。漢書のなかに地理志という項目があり、日本のことが以下のように書かれていました。

楽浪郡(現在のピョンヤン付近)の海のかなたに、倭人が100あまりの国に分かれて住んでいる

ポイントは、「日本には100あまりの国があった」ということです。ピョンヤンは現在の北朝鮮の首都ですが、当時の朝鮮半島は漢が直接治めていたようです。「漢書」のなかの、地理志というページに書かれていたことも押さえておきましょう。

「後漢書」東夷伝

次は、「後漢書」東夷伝(ごかんじょとういでん)です。「漢書」地理志が編さんされた漢王朝は紀元後5年に滅ぼされてしまいますが、1世紀になると「後漢」という王朝が登場します。ちなみに、あとから登場した漢を「後漢」、「漢書」地理志の漢を「前漢」と区別して呼びます。

その後漢の時代に書かれた「後漢書」の東夷伝というページに、後漢と日本が交流していたことが以下のように記録されていました。

1世紀のなかごろ(西暦57年)、倭の奴国(なこく)の王が後漢に使いを送ってきたので、皇帝が金印を授けた

つまり、後漢の機嫌をうかがうために、奴国の使いがみつぎ物を贈ったということです。そして、後漢の皇帝からもらったのが金印です。

金印は、金でできたハンコのこと。そこには、「漢委奴国王」とほられていました。つまり後漢の皇帝は、奴国の王に金印を渡すことで「お前は漢の手下の奴国の王だってことを認めてやろう」という証明としたんですね。

この金印は、1784年に福岡県の志賀島(しかのしま)で発見されました。そのため、奴国は日本の北九州にあった国とされています。ちなみに、金印にほられていた「漢委奴国王」の「委」の文字を、倭国の「倭」と混同しないように気をつけましょう。

「魏志」倭人伝

最後に、「魏志」倭人伝(ぎしわじんでん)です。3世紀の中国は「魏」「呉」「蜀(しょく)」という3つの国に分かれていました。「三国時代」と呼ばれる時代ですね。ちなみに『三国志』は、それぞれの国で書かれた「魏志」「呉志」「蜀志」をまとめたものを指します。

「魏」の時代に書かれたものが「魏志」です。そして「魏志」に倭人のことが書いてあるページが倭人伝と呼ばれ、日本の記録が以下のように残っています。

以前、倭には100あまりの国があった。現在は30あまりの国があり、女王がまとめている

女王とは、邪馬台国の卑弥呼のことです。卑弥呼は「うらない」などによって国をまとめていましたが、卑弥呼の顔を見たことがある人はほとんどいなかったそうです。まさか、卑弥呼は引きこもりの謎のうらない師……? そんなイメージから、謎に包まれた女王ということが想像できますね。

卑弥呼は、魏に使いを送り、銅鏡100枚や金印をもらったといわれます。このときもらった金印には、「親魏倭王」とほられていたようです。「あなたは、私たち魏と親しい倭の王様です」ということを認められた、と覚えると「親魏倭王」の意味も言葉もわかりやすいですね。

「魏志」倭人伝だけでは、現在も邪馬台国の場所ははっきりとわからず、金印も発見されていません。歴史学者も、邪馬台国の場所についてさまざまな説を唱えています。皆さんが大人になったころに、謎が解明されるかもしれませんね。

中学受験で出やすいポイント

3つの歴史書について、中学受験で出題されやすいポイントをお伝えします。

■「漢書」地理志 
⇒日本には100余りの国があった

■「後漢書」東夷伝 
⇒日本の奴国の王が、漢の皇帝から「漢委奴国王」の金印をもらった
※「委」は、“ゆだねる”という意味。「倭」と間違えやすいですが、「ニンベン」はつけません。「お前は、俺たち漢に属する手下の奴国の王だぞ」ということを証明するハンコだと覚えましょう

■「魏志」倭人伝 
⇒当時の日本には30余りの国があり、そのなかに卑弥呼という女王が占いなどで治める国(邪馬台国)があった
⇒卑弥呼は、魏の皇帝から「親魏倭王」というハンコや銅鏡を100枚もらった。

3つの歴史書の内容がなかなか覚えられない場合は、ゴロ合わせで覚えてみるのもよいでしょう。

3つの歴史書は、意味を考えながら漢字で書く練習を

3つの歴史書は、歴史の勉強ではじめて漢字に苦戦するところかもしれません。しかし、意味を考えながら漢字を書く練習をすると覚えやすくなります。ゴロ合わせも使いつつ、イメージしながら覚えていきましょう。


これまでの記事はこちら『イメージで覚える中学受験歴史

※記事の内容は執筆時点のものです

吉崎 正明
この記事の著者

都内の中学受験専門塾で社会・国語担当として活躍。12年間在籍した大手進学塾では難関選抜講座担当を歴任、社内数千名が出場する「授業力コンテスト全国大会」において優勝経験あり。その後家庭教師を経験し、2019年より現在に至る。全国トップレベルの授業技術と多彩な戦術眼を駆使し、御三家中などの最難関校から幅広い成績層まで、多くの受験生の第一志望合格をサポート。茨城県行方市出身。