連載 中学受験との向き合い方

「できなくて恥ずかしい」勉強中に生じる恥を克服するには ―― 中学受験との向き合い方

専門家・プロ
2020年2月27日 やまかわ

首都圏の一部では、4人に1人の小学生が挑戦するともいわれる中学受験。子供の受験に親はどう向き合えばよいのでしょうか。この連載では、『中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由』の著者である、田中純先生に中学受験との向き合い方をテーマにさまざまな話を伺います。

「周りよりもテストの点数が悪くて恥ずかしい」という想いは、多くの受験生に生じ得るもの。「恥」はときに、モチベーションの足枷になりがちです。受験生はどのように向き合うべきなのでしょうか。

恥という漢字に目が無いのが恥の意味?

私の個人的解釈ですが、恥という漢字には耳はあっても目がありません。目が付いていない。目を付けられたくない。見られたくない状態を表しているのではないでしょうか。これを「自分には心の声が聞こえてはいるが、他人にはそこを見られたくない」――というふうに解釈すると恥の意味に迫ることが出来るように思えます。恥ずかしい思いをすることを「面目を失う」とか「面目ない」というのも「見られたくない」と繋がっているように思えます。

本来の恥は正しく生きていくための物差し

孟子は恥について、次のように言ったそうです。(田中純 超訳)

恥は人が人間であるために大きな意味がある。計略をめぐらして真偽を曲げたり責任逃れをしたりする者は、恥ずべきことすら恥じない。つまり恥知らずだ、足らない自分を恥じることがなければ、どうして人間であり得るだろうか。

恥ずかしいと感じるシチュエーションは人それぞれです。しかしこの気持ちは、自分自身の今後の行動を改めるきっかけをつくる感情だと私は考えます。

恥を知るということ

恥を知るべき場面というのは、おもに人の道に反すること。たとえば「法律を侵す」「誰かを傷つける」「他人のせいにする」の3つです。もしもお子さんが、これらを恥だと感じていなければ、しっかり叱るべきですね。

先にも述べましたが、恥という感情はしばしば「こうした想いはくり返さないぞ!」という戒めにも似た感情を引き起こします。たとえば、友達の家の窓ガラスを割ってしまったとき。友達の親御さんの気持ちや手間を想像したうえで誠心誠意謝り、もう同じことはしないと反省したとしましょう。これは「友達や友達の親を傷つけた」という自分のおこないを、しっかりと恥じた結果ともいえます。

しかし、誤魔化したり誰かのせいにしてしまったときは「恥を知らない状態」です。「友達や友達の親を傷つけた」だけでなく、「他人のせいにしたこと」によって、さらにほかの「誰かが傷つく」といったように、恥は上塗りされることでしょう。また恥だと感じていないため戒めの感情も持てず、同じことをくり返してしまう可能性もあります。

このように、もしもお子さんが恥を知らないときは、しっかりと親御さんが「それは恥ずかしい行いなんだ」「恥を知りなさい」と諭すべきでしょう。恥を知ることで、「恥をかかないように」と道を外すことなく進むことができます。また、万が一恥をかいたとしても、軌道修正できるはずです。正しく生きていくためのひとつの物差しとして、恥は必要な要素となることでしょう。

受験勉強で生じる「恥」との向き合い方

前述した3つの場面での「恥」とは違い、受験勉強で生じる恥は、今後の行動を改めるための感情にはなりにくいです。「こんな点数をとって恥ずかしい」「クラスが下がったなんて、みっともない」という感情だけでは発奮することが難しく、低い点数のテストを親に見られないようにコッソリ捨ててしまう場面も想像できます。


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田中純
田中純 専門家・プロ

開成中学校・高等学校、国際基督教大学(ICU)教養学部教育学科卒業。神経研究所付属晴和病院、中高教諭、学校カウンセラーを経て公文国際学園開講準備に参加。現在は赤坂溜池クリニックやNISE日能研健康創生研究所などでカウンセリングやコンサルテーションを行っている。「一家にひとり、一課にひとりのコミュニティ・カウンセラー」を育てることを目標としている。著書「ストレスに負けない家族をつくる」「中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由」(みくに出版)

この記事の著者

編集・ライター。学生時代から都内で6年間塾講師を務める。塾講師時代は、おもに作文・国語・英語の科目を担当。小学生から中学生までの指導にあたる。現在は編集・ライターとして教育関連をはじめ、街歩き・グルメ記事の執筆取材をおこなう。