連載 中学受験との向き合い方

ほめすぎない・叱りすぎないためのコミュニケーション ―― 中学受験との向き合い方

専門家・プロ
2020年6月11日 やまかわ

首都圏の一部では、4人に1人の小学生が挑戦するともいわれる中学受験。子供の受験に親はどう向き合えばよいのでしょうか。この連載では、『中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由』の著者である、田中純先生に中学受験との向き合い方をテーマにさまざまな話を伺います。

子供を育てていれば、ほめるシーン・叱るシーンが必ず現れます。しかし、それらが不適切だと「おだて」や「お世辞」や「おどし」になる危うさがあります。たとえば、親子間の関係に亀裂が生じたり、子供が自分を過大評価・過小評価する原因になりえます。ほめすぎない・叱りすぎたりしないために、わが子とどのように接すればよいのでしょうか。

ほめすぎ・叱りすぎの弊害

まずは、子供をほめること、叱ることの大切さを確認します。そのうえで、ほめすぎ・叱りすぎの「すぎる」部分について、考えてみましょう。

ほめることと叱ることの効果

子供をほめるときは、相手に自分を知る気づきや、きっかけを与えることが大事です。そのときは「褒める」という漢字を当てます。そこにある種の客観性と良さの発見が伴います。たとえば「自分では気づかなかったけど、計算問題ってけっこう得意だったんだな」という新しい気づきや、「やっぱり僕は国語が得意だし好きだな」といった、自信を深めるきっかけです。

そのためには、わが子が持つキラッとした部分や、本人が頑張っていることを日頃からよく観察することが大事でしょう。ときには「得意科目はなに?」といった質問してみるのもおすすめです。適切な「ほめ」や「叱り」は子供にとって道しるべとなります。その”適切さ”の大切な要件は『家庭で被る心の仮面のトリセツ 』の記事でお伝えした「首尾一貫性」です。北極星はいつも北になくてはならないのです。

負けん気を持って頑張る子供であれば「叱る」選択肢も有効です。ただし、その場合、叱ったあとのケアや対等な関係での語り合い、フィードバックをもらうなどが不可欠です。たとえば、「こういうふうに叱っちゃったけど、あのときどんな気持ちだった?」ということを聞いてみるのです。そうすると「悔しくて見返してやろうと一生懸命頑張ったけど、お母さんのあの言葉には少し傷ついたよ」といった言葉が返ってくることがあります。そうした子供の率直な感想を受け入れて、次に活かしていきましょう。

「やった」は「やっと」の積み重ねから

努力を重ねた結果、進捗や成果が見えたときに、「やった!」と感じて嬉しくなることがあります。この「やった!」感はさらに”やり続ける”ための推進力になります。また、本人が「やった!」と感じているときに誉められるとその嬉しさは増幅し、誉(ほまれ)となって子供の心に刻まれるでしょう。この「誉める」は誉める人の嬉しさの表現です。ここで大切なのは「やった」は「やっと」の積み重ねで得られるということです。容易ではないし、単に才能のなせる業でもない。地道な努力の積み重ねを「やって、やっと、やった!」なのです。

ほめすぎ・叱りすぎが招く歪み

親からほめられる、叱られることで、子供は自分自身の行動を顧みます。たとえば、テストで良い点をとって親にほめられたときは、「お母さんにほめられるくらい、いいことをしたんだな。次も頑張ろう」と思えるし、誰かを傷つけて親に怒られたときは「自分は悪いことをした。もうこんなことはしないようにしよう」と思えるわけです。親の言葉が自分の言動、行動を振り返るための鏡になるのですね。

それにもかかわらず、ほめられすぎたり、叱られすぎたりしてしまうと、子供は自分を過大評価、あるいは過小評価するようになります。本人は努力したつもりがないのに「あなたは本当によく頑張ったわね!」とほめたり、正直に話したのに「なんで嘘をつくの?」と追いつめたり。そんなことがあると、子供は「お母さんは僕のことをわかってくれていないんだな……」と考え、親子間に心の距離が広がってしまいます。

また、ほめられすぎた子供は「ほめられないなら、やらない」という考えを、そして叱られすぎた子供は「叱られるからやりたくない」という考えを持ちがちです。誰かに「ほめられたい」というインセンティブや「叱られたくない」という不快さを回避するためなどの外部的な要因ではなく、「面白いからやる」「成長できている実感が持てるからやる」というように、自分の中にある軸をもとに行動をしてほしいですね。

親からどう見えているのかを伝える

ほめすぎない、叱りすぎないためには、自分の視点から見たときの子供の姿と、実際の姿を照合することが大切です。しかし、常に過不足なく、正しく子供を評価するというのはとても難しいことです。見誤りがあった場合、子供に「全然わかってくれていない!」と感じられてしまうことがあります。

そうした齟齬を生まないために、そして自分の中に軸や指針を持って勉強してもらうためには、親はどのように接するべきなのでしょうか。そのヒントとなるのが、「~なように見える」という言い回しです。

「あなたは頑張っている」ではなく「あなたは頑張っているように見える」

「あなたは頑張っている」という言い回しには、事実を表すニュアンスが含まれています。一方で「あなたは頑張っているように見える」という言い回しには、「~のように見える」という“発言者の視点”が加わっています。些細な違いのように思えるかもしれませんが、どう表現するかによって、受け手の印象は違ってくるものです。

前者は断定的で、決めつけのように受け取られがちですが、後者はニュアンスが少しだけ柔らかい。「頑張っているように見えるって、なにを見てお母さんはそう思ったの?」という話にも発展しやすいですね。

親子間の齟齬を最小限にするには、このように「~のように見える」「私には~のように思える」という表現を活用するのがいいと思います。ただし、「すごい~だ!」「めちゃくちゃ~だよね!」という誇張表現は極力使わないこと。自分から見えた子供の姿を、そのまま真っ直ぐに伝えてほしいのです。子供が頑張っているときは「最近のあなたは頑張っているように見えるよ」と伝えればいいし、そうでないときには「もっと頑張れるんじゃないかと思うんだけどな」と伝える。なるべく不要な言葉を飾り付けないようにするべきです。

「おだて」や「お世辞」は親が欲しいものを得るための行動です。期待通りに子供が行動してくれたら親は助かります。また、子供の成績をまるで親自身の業績であるかのように勘違いすることもなくはない。でも、そのことを自覚しているか否かが大切です。この自覚はいつの間にか子供を「ほめ殺し」てしまわないための「ほめや叱りの最低限の心得」です。親から見えている子供の姿は、あくまでも親自身の主観に過ぎません。親の願いがエグく濃厚になって、親のエゴになってしまわないように、このことを自覚していていただきたいのです。

対話から生まれるフィードバック

もちろん、齟齬を最小限にとどめようとしても、子供が「お母さん、わかってくれていないんだな……」という不満を感じることはあります。そのため、「お母さんには~のように見えるな」と伝えたあとは、子供が実際にその意見をどう受け止めたのか、語り合うことが必要です。

「僕はけっこう頑張っているつもりなんだけどな。どこを見て『頑張っていない』って思ったのかを教えてほしい」というような意見を引き出せると、お互いに見えていなかった部分が浮き彫りになってきます。そして、子供が思っていることを素直に教えてくれたときは、「あなたはそう思っていたんだね、教えてくれてありがとう」とすぐに伝えましょう。さらにいえば、「こうしてお互いがどう見えているかを伝え合うことは、フィードバックというんだよ」と教えてあげるのもいいと思います。

こういったことは、コミュニケーションのツールを増やすことにもつながります。評価を抜きにしてフィードバックをおこなうことは、大人になっても大切なスキルであることは間違いありません。

キャッチャーのように広く構える

ボールを投げる投手のフォームを客観視できるのは? 投げたボールが打者の至近でどうなっているかを知るのは? どちらも投手ではなくて捕手ですね。投手は捕手からの情報を元に次の投球を行います。また、捕手は柔軟に構えて、投手がどんなボールを投げても、捕球します。

そして、望ましい親子関係とは、状況に応じて親子間でピッチャー、キャッチャーの役割を交代できるような間柄だといえます。親が聞き役になることもあれば、子供が聞き役になることがあってもいいのです。中学受験をきっかけに、こまめに相談しあいながら、理想的なバッテリーを組んでほしいと思います。


これまでの記事はこちら『中学受験との向き合い方

※記事の内容は執筆時点のものです

田中純
田中純 専門家・プロ

開成中学校・高等学校、国際基督教大学(ICU)教養学部教育学科卒業。神経研究所付属晴和病院、中高教諭、学校カウンセラーを経て公文国際学園開講準備に参加。現在は赤坂溜池クリニックやNISE日能研健康創生研究所などでカウンセリングやコンサルテーションを行っている。「一家にひとり、一課にひとりのコミュニティ・カウンセラー」を育てることを目標としている。著書「ストレスに負けない家族をつくる」「中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由」(みくに出版)

編集・ライター。学生時代から都内で6年間塾講師を務める。塾講師時代は、おもに作文・国語・英語の科目を担当。小学生から中学生までの指導にあたる。現在は編集・ライターとして教育関連をはじめ、街歩き・グルメ記事の執筆取材をおこなう。

この記事の著者

編集・ライター。学生時代から都内で6年間塾講師を務める。塾講師時代は、おもに作文・国語・英語の科目を担当。小学生から中学生までの指導にあたる。現在は編集・ライターとして教育関連をはじめ、街歩き・グルメ記事の執筆取材をおこなう。

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