連載 イメージで覚える中学受験歴史

鎌倉時代【2】鎌倉幕府成立と封建制度 ―― イメージで覚える中学受験歴史

2020年11月12日 吉崎 正明

源平合戦を経て、鎌倉に幕府を開いた源頼朝。では、そもそもなぜ鎌倉を拠点としたのでしょうか。まず、頭のなかにつぎのような風景をイメージしてみてください。三方が山に囲まれ、残りが海に囲まれた場所――。鎌倉は、まさにこうした場所に位置していたのですね。つまり、敵から非常に守りやすい土地だったのです。ちなみに鎌倉の武士たちは、山を切り開いた特別な通り道、いわゆる「切り通し」と呼ばれる道を使って移動していました。

幕府が開かれたのはいつ?

鎌倉幕府が開かれたのは何年なのか、については諸説あります。「鎌倉時代【1】源平合戦3つの戦い」のなかでも少し触れましたが、改めてふたつの説についてお伝えします。

まずは、1185年説。これは、壇ノ浦の戦いが終わったあと、全国に守護と地頭を置き、実質的に全国を支配するようになったことで鎌倉幕府の仕組みが整った、と考える説です。もうひとつは1192年説。1192年は、頼朝が朝廷から征夷大将軍に任命された年です。征夷大将軍は、武士のトップです。征夷大将軍となったことで鎌倉幕府も開かれた、と考える説ですね。

まとめると、以下の通りです。

1185年:守護と地頭を置き、全国を支配する準備が整った
1192年:源頼朝が征夷大将軍に任命された

ちなみに中学入試では、鎌倉幕府の成立年のように、議論が分かれている論点はほぼ出題されません。それよりも鎌倉幕府に関しては、まずはそれぞれの年にどのような出来事があったのかをイメージできるようにしておきましょう。

征夷大将軍と執権

以下の表をもとに、鎌倉幕府のしくみを確認します。

「将軍(征夷大将軍)」は、鎌倉幕府のリーダーを指す言葉です。一方で「執権(しっけん)」とは、将軍を補佐する役職のこと。代々、北条(ほうじょう)氏一族が執権を務めました。

ちなみに平安時代までは、執権と似た役職として「摂政」と「関白」がありました。紛らわしいですが、以下のように役割を確認しておきましょう。執権は「幕府の~」、摂政・関白は「天皇が~」という違いがポイントです。

執権:鎌倉幕府の将軍を補佐する
摂政:天皇が女性・子供のときに代わりに政治をおこなう
関白:天皇が成人したあとも代わりに政治をおこなう

封建制度 ―― 御恩と奉公の関係

将軍とその家来の武士、つまり「御家人(ごけにん)」は主従関係で結ばれていました。この主従関係のことを「封建制度」といいます。現在でいうところの、社長と会社員のような関係ですね。

御家人は、将軍のために一生懸命働きました。このことを「奉公(ほうこう)」といいます。会社や家族のために会社員が一生懸命働くことに似ていますね。「奉公」は「奉行」と書き間違えやすいので注意しましょう。

一方で将軍は奉公に対し、ほうびとして土地を与えました。このほうびのことを「御恩(ごおん)」といいます。がんばった部下に対し、社長が給料を渡すイメージですね。社長と会社員のように、当時は将軍と御家人が「御恩と奉公」の関係で結ばれていたことを理解しておきましょう。

三代で滅びる源氏

神奈川県に流れる「相模川(さがみがわ)」を知っていますか? 鎌倉時代、この相模川にかかる橋が完成したお祝いに頼朝が駆けつけました。お祝いのあと、馬に乗って頼朝が鎌倉に帰ろうとしたところ、頼朝を乗せた馬が川に入って行ってしまったそうです。頼朝の馬が入った川なので、相模川は「馬入川(ばにゅうがわ)」とも呼ばれます。

馬とともに相模川に入っていくことになった頼朝は、突然、「おにいちゃん……」と自分が呼ばれていることに気がつきます。誰かと思い後ろを振り返ると、そこには死んだはずの弟・義経が。奥州藤原氏の一件により弟を死なせてしまった頼朝は、弟を忘れられず、義経が幽霊として出てきたのでしょう。頼朝はびっくりしてしまい、馬から落ちて大けがをしてしまいます。この落馬が原因となり、頼朝は1199年にその命を終えました。

頼朝の死後、息子の頼家(よりいえ)、実朝(さねとも)が将軍を務めますが、暗殺などもあり、源氏は3代で滅びてしまいます。その後は頼朝の妻で、尼将軍(あましょうぐん)とも呼ばれた北条政子(まさこ)、そして北条時政(ときまさ)など、執権として活躍していた北条氏が鎌倉幕府の中心に君臨しました。

鎌倉幕府の位置、封建制度のイメージをつかもう

鎌倉幕府が置かれた場所は、「三方が山に、一方が海に囲まれている」という点が特徴です。そして封建制度は、御恩と奉公の関係、つまり社長と会社員のような関係でしたね。鎌倉幕府が位置していた場所の特徴、また封建制度については歴史の記述問題で出題されることがあります。今回お伝えしたポイントをもとに、それらの特徴を説明できるようにしておきましょう。


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※記事の内容は執筆時点のものです

吉崎 正明
この記事の著者

都内の中学受験専門塾で社会・国語担当として活躍。12年間在籍した大手進学塾では難関選抜講座担当を歴任、社内数千名が出場する「授業力コンテスト全国大会」において優勝経験あり。その後家庭教師を経験し、2019年より現在に至る。全国トップレベルの授業技術と多彩な戦術眼を駆使し、御三家中などの最難関校から幅広い成績層まで、多くの受験生の第一志望合格をサポート。茨城県行方市出身。