中学受験ノウハウ 連載 中学受験との向き合い方

薬になる期待・毒になる期待の違いは? ―― 中学受験との向き合い方

専門家・プロ
2022年3月20日 やまかわ

首都圏の一部では、4人に1人の小学生が挑戦するともいわれる中学受験。子供の受験に親はどう向き合えばよいのでしょうか。この連載では、『中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由』の著者である、田中純先生に中学受験との向き合い方をテーマにさまざまな話を伺います。

中学受験で親御さんが苦労することのひとつに「わが子のモチベーションを高めること・維持すること」があります。お子さんが小学校高学年である場合、親御さんがほめたつもりでも「お世辞で言っているだけ」「何か作為があるのかもしれない」と勘繰って言葉通りに受け止めてくれないことがあります。一方、下手なダメ出しをすると委縮してしまうこともあるでしょう。それだけ、接するのが難しい時期でもあるのです。しかし、中学受験は親子間のコミュニケーションがとても大切。今回は受験中の子供とどのように接するべきなのか、期待の掛け方や励まし方といった観点から見ていきましょう。

戯曲「ピグマリオン」から学ぶ成長のための不可欠な栄養

なぜ子供に期待を向けることが大切なのか。それを裏付ける学説に、アメリカの教育学者であるローゼンタールによって唱えられた「ピグマリオン効果」が挙げられます。周囲の人間に期待を掛けられた分だけ、成果が上がるという説です。

ピグマリオンというのはギリシャ神話に登場する王様の名前ですが、『マイ・フェア・レディ』の原作である戯曲『ピグマリオン』も、同名のタイトルが名づけられています。『マイ・フェア・レディ』は音声学の教授であるヘンリー・ヒギンズ先生が、訛り(なまり)の強い花売り娘のイライザを熱心に指導して、一人前のレディとして育て上げる物語です。この作品には「肯定的な関心を持って接することで、人は成長していく」というテーマがあるのです。

ちなみに教育学者のローゼンタールが「ピグマリオン効果」を提唱したのは1960年代。戯曲家ジョージ・バーナード・ショーによって『ピグマリオン』が発表されたのは、1913年です。「期待を受けることで成長する人間の力」というのは、古くから注目されていたのではないでしょうか。

期待の掛け方によっては、毒にも薬にもなる

しかし、ただ期待を掛けたからといって、子供がすんなり成長してくれるとは限りません。むしろ親からの期待にプレッシャーを感じたり、嫌気がさしたりと、心を蝕む“毒”となることもあります。では毒になりそうな期待と薬になりそうな期待、その違いを分けるのはどんなポイントがあるのか。

そのヒントは過去・現在・未来、3つの時制にあります。

その期待に根拠はありますか?

根拠のない期待というのは、ときに相手にとって不要な負担を強いることがあります。

たとえば「あなたは御三家の中学に絶対に入れるからね。頑張ってね」や「次の模試では偏差値60以上の成績を取ってもらうよ」というもの。子供側からするとイメージしにくく、どこかしっくりこないし、自分の能力がそれには及ばないのではないかと感じることがあるかもしれません。そうしたモヤモヤを抱えて結果がそぐわなかった場合、「親の期待に応えられなかった……」という負い目を抱える可能性もあるでしょう。

上述したような期待のかけ方をするだけだったり、その比重が高い場合は、それは「未来」の話中心ということです。それでは子供にとって具体的なイメージが湧きにくく、リアリティを感じにくかったりします。ですから、わが子を励ますときは、これまでお子さんが歩んできたリアルな道のりにも光を当てる必要があります。

子供の日ごろの成長ぶりを根拠に励ます

毒になりにくい励まし方は、お子さんの「現在と過去」に注目することです。「現在と過去」はエビデンスがありますから、子供もリアリティを感じやすい。

たとえば「普段ならまずテレビを見てから勉強をするのに、昨日は帰ってから一生懸命宿題をやっていたね、集中しているように見えたよ」、「この前までは20時になったらゲームをしていたけど、ここ1カ月は勉強を続けているね。今回の模試は結果が伴わなかったけど、しっかり復習して次につなげていこうよ」というような声掛けです。

お子さんがこれまで歩んできた道のりに着目して励ますことで、「あなたの頑張りをちゃんと見ているよ」というメッセージが伝わりますし、「お世辞を言っている」とは受け取られにくいものです。こうした声掛けができるようになるためには、日ごろから子供の様子をつぶさに観察して、成長ぶりに目を配っておくといいですね。

この英語をどう訳しますか?

もうひとつ、私が考える「これなら毒にはなりにくいだろう」というものがあります。英語のフレーズなんですが、読者の皆さんはどう訳しますか?

「I’m proud of you.」

直訳すると「私はあなたを誇りに思う」という内容です。しかし、「あなたは私の自慢の子供だよ」「私にとっての宝物だよ」と訳す人もいるかもしれません。解釈の仕方は多種多様であって、それが当然です。宝物扱いとは、言い換えれば「愛でる」ということです。

親が子供を誇りに思うその背景にあるのは「○○中学に合格した」「常に模試でトップの成績だ」といった、その子自身の能力に関する事柄ではありませんよね。もちろん、そうした点を素晴らしいと思うこともあります。しかし、ただ子供が自分らしくいてくれる、それだけで親はうれしくなるし、誇りに思えるはずです。こうした想いを言葉にすることもまた、子供にとって大きな力になるのです。

子供の心を掴み続けるということは?

親として子供の背中を押す言葉を掛けたあとは、心の機微にも注目したいところです。そのためのヒントが次のイラストにあります。

これを実際に手に取って使ったことがある人はどれくらいいるでしょうか? ファミリーレストランなどで見かけるペーパーナプキンとは違います。今ではほとんど見かけることはありませんが、ひょっとしたら営業などで遠くに出かける人であれば、ひと昔前に見たことがあるかもしれませんね。正解は……、

新幹線の水飲み場などで使われていたペーパーカップです。折りたたまれている状態ですから、それをコップのように広げ、水を注いで飲むんですね。しかし、紙コップですから耐久性はさほどありません。水が注がれた紙コップを握る力が強すぎれば、コップがつぶれて水が足元にこぼれます。一方で握る力が弱すぎると、水を含んで重くなった紙コップは手元から落ちてしまいます。実際にこぼしてしまうことはそう多くはありませんが、乗客は手のひらの感覚を頼りに、上手な力加減でこの紙コップを利用していたのです。

力を入れすぎればつぶれてしまう、抜きすぎれば手元から落ちる。これは中学受験だけでなく、子育て全般で言えることです。

このペーパーカップ(紙コップ)を子供の心情にたとえると、紙コップを握る力の掛け具合というのは「親からの期待」でしょう。親からの期待が重たすぎるように感じたならば「そんなことできるわけないじゃないか……」と感じて、心の健康を損なうかもしれません。あるいは、期待を感じられなければ「自分のことなんか、全然気にしてくれていない」と捉えて、心を閉ざしてしまう。ときには“孤毒”の毒に害されることもあります。子供の心をこぼさぬように、つぶさぬように、優しくしっかり掴み続ける力加減を、その場その場で見つけていく。それが親の役割のひとつなのかもしれませんね。

「それって言うのは簡単だけど、やるのは……」そう思われる方もいらっしゃるでしょう。「子供の背中を押す」と書きましたが、押す力が強すぎれば子供は「乱暴だよ」と感じ、遠慮しすぎると「ちゃんと後ろに付いていてくれてるの?」と不安になります。

ここでひとつクエスチョンです。

丁度良い「押され具合」を知っているのは、誰でしょうか?

 

そう、子供です。

 

ですから子供から教えてもらう姿勢が大切なのです。紙コップを押したときに手のひらが感じる押し返す力が、私たちに丁度良い押し加減を教えてくれるのです。ただ、誤解なさらないでください。「教える」の語源は「押す」ではありませんよ。「教える」の語源は……「愛しむ」です。


これまでの記事はこちら『中学受験との向き合い方

※記事の内容は執筆時点のものです

田中純
田中純 専門家・プロ

開成中学校・高等学校、国際基督教大学(ICU)教養学部教育学科卒業。神経研究所付属晴和病院、中高教諭、学校カウンセラーを経て公文国際学園開講準備に参加。現在は赤坂溜池クリニックやNISE日能研健康創生研究所、コミュニティ・カウンセラー・ネットワーク(CNN)などでカウンセリングやコンサルテーションを行っている。相性はDon先生。著書「ストレスに負けない家族をつくる」「中学受験は挑戦したほうが100倍子供のためになる理由」(みくに出版)。公式YouTubeはこちら

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この記事の著者

編集・ライター。学生時代から都内で6年間塾講師を務める。塾講師時代は、おもに作文・国語・英語の科目を担当。小学生から中学生までの指導にあたる。現在は編集・ライターとして教育関連をはじめ、街歩き・グルメ記事の執筆取材をおこなう。