「自分のために」は子どものためにならない ―― 親子のノリノリ試行錯誤で、子供は伸びる
こんにちは。中学受験専門塾 伸学会代表の菊池です。
あなたはお子さんを
「自分のためなんだからちゃんと勉強しなさい!」
と叱ったことはありますか?
あるいは、叱るのではなくても
「勉強をすることは自分のためになるのよ」
と言い聞かせたことはないでしょうか?
常々言っていることですが、私はこの「自分のために」という言葉が嫌いです。
なぜなら、人は「自分のため」には頑張れないものだと思うからです。
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時間割引ってどういうもの?
さて、このことを実感する瞬間が、何年か前のホームルームの授業でもありました。
それはこんな出来事でした。
「明日まで待てない」という子供たち
【今日1万円もらうのと明日2万円もらうのとどっちが良い?】
そのホームルームの授業では、子供たちにそんな問いかけをしました。
「じゃあ1週間後の2万円だったら?」
「じゃあ1か月後だったら?」
「1年後だったら?」
「どれくらいなら待つだろう?」
子供によって回答はバラバラです。
短い子は「1日も待てない!今すぐ1万円が欲しい!」と答えました。
笑いをとるための冗談ではなく、本気で言っていました。
長い子は1年間よりももっと待てると言いました。
あなただったらどれくらい待てますか?
素直な気持ちで考えてみてください。
今どきの銀行金利では、1万円を預金しておいても利息は年間で1円しかつきません。
1万円が2万円に増えるのには約1万年かかります。
冷静に計算すれば、1年で2万円になるのはだいぶ得な取引ですよね。
2~3年、なんなら10年待っても良いかもしれません。
銀行の預金が1万円を切ったことが過去10年間で1度も無いという人であれば、まちがいなく10年待った方が得です。
しかし、こういった問いに対して
「10年待ちます」
と回答する人は大人でもほとんどいません。
あなたはどうだったでしょうか。
なぜなら、人間には、遠い未来の利益やメリットは、実際よりも小さく感じられるという習性があるからです。
これは心理学用語で「時間割引」と呼ばれます。
未来の話になるほど価値が小さく感じられてしまう
私たち人間の脳の仕組みは、20万年前の旧石器時代のころからほとんど変わっていないそうです。
狩猟採集生活のその時代、木になっている美味しそうな果実を見つけたときには、今すぐ食べないと腐ってしまったり、鳥やサルなど他の生き物にとられてしまったりしました。
美味しそうなものをあとのお楽しみにして取っておくというのは、合理的な行動ではなかったのです。
1年後に本当に2万円もらえるの?
今すぐもらわないと、結局1円も手に入らないんじゃ?
まず最初にそんな風に考えてしまうのは、太古の習性が残っているからなのでしょう。
時間が遠いほど、手に入るメリットの価値が小さく感じてしまう。
これが「時間割引」です。
時間割引を乗り越えられる子に育てよう
この「時間割引」は現代人にとっては大きな敵です。
例えば受験生が
「1年頑張ったら本当に合格できるの?今すぐ遊んで楽しまないと、結局何も良いことがないんじゃ?」
なんて考えて目先の楽しさを優先したらどうなるか。
言うまでもありませんね。
受験で合格するために、社会的に成功するために、時間割引を乗り越え、目先の誘惑を我慢して理想の未来のために行動できる子に育てていかなければいけません。
そのために重要なのが、『2階の脳』の働かせ方を教えることです。
目先の誘惑に飛びつこうとする本能的な『1階の脳』を抑え、理性的な『2階の脳』を働かせるのです。
その方法が、冷静な時に「目先の誘惑」と「理想の未来」をてんびんにかけて比べさせたり、誘惑に負けて後悔したことを記録に残させたり、理想の未来のための行動計画を立てさせたりといったことです。
伸学会ではこういったことをずっと指導しています。
「他者のため」が子どもの行動を変える
そして、「人のために頑張ろう」と考えさせることも、理性的な『2階の脳』を働かせるために効果的な方法の1つです。
実際に「1日も待てない!今すぐ1万円が欲しい!」と答えていたその子に、
「君がお母さんにプレゼントを買うとします。今すぐ1万円もらって買いに行くのと、明日2万円もらって買いに行くのとどっちが良い?」
と聞いたところ、今度は
「明日まで待ちます」
と即答しました。
他の子たちもだいたい同じように、大切な人のためだったらもっと待つという傾向がはっきりありました。
研究結果が教えてくれること
こうした傾向が人類にあることは、研究によっても確認されています。
マックス・プランク進化人類学研究所の研究グループが、子どものがまん強さはどうすればあがるのかを調べるために、有名なマシュマロテストを応用した実験を行いました。
まず子どもたちを2人ずつのペアにしてから一緒に風船で遊ばせて、子ども同士が仲良くなるようにしました。
その後、子どもを1人ずつに分けて、2つの実験を行いました。
最初に行われた「1人の実験」は、マシュマロテストをそのまま行う比較対象用の実験です。
「クッキーを1つあげるけど、食べるのを我慢できたら後で2つ目をあげる。我慢できずに食べてしまったら2つめはなしだよ。」と子どもたちに伝えました。
2つめを獲得できるかどうかは全て自分次第です。
当然ですが、我慢して2つめを獲得できた子と、我慢できずに食べてしまった子に分かれました。
次に行われた「2人での実験」では、「クッキーを1つあげる。あなたとペアになったお友だちの両方が我慢したら、後で2人ともクッキーをもらえるけど、どちらか1人でもクッキーを食べてしまったら、2人とも2つ目はなしだよ」と伝えました。
つまり、連帯責任な状況に子どもたちを置いたのです。
このとき、子どもたちは別々の部屋にいて、お互いを見ることはできません。
果たして1人のときと比べて、子どもたちの行動はどう変わったでしょうか?
この実験の結果、子どもたちがクッキーを我慢できた確率は、「1人のとき」より「2人ペア」の方が高かったのです。
それぞれ別々の部屋にいて相手の状況を見ることができず、お互いにコミュニケーションを取ることもできないまま、相手が我慢していることを信じて自分も我慢することができた子が多かったのです。
わずか5、6歳の子どもが、協力関係に強い信頼とモチベーションを得ていることが示されたわけです。
自分が我慢しても追加のごほうびがもらえない可能性があるという状態でも子どもが我慢したということは、子どもの行動が、物質的な目標だけではなく友達に対する責任感や義務感によって変わることを示しています。
つまり、子どもは自分だけのためより、他の子どものためを思った方が、自制心を発揮できるということです。
これは、「友達のため」に限らず、「家族のため」でも同じことが言えるでしょうし、成長とともにそれは「社会のため」や「お客様のため」になっていくのではないでしょうか。
まとめ
自分のためだと目先の誘惑(サボりたい・遊びたい)に負けてしまうけど、人のためなら頑張れるというのは、私たちも実感したことがありますよね。
もしあなたが母親であれば、
「子供のためなら栄養バランスを考えて手料理を作るけど、子供たちが出かけていて自分1人となったら料理をするのがめんどうで、ついカップラーメンやレトルト食品やコンビニ弁当ですませてしまった」
という経験がきっと何度かあるのではないでしょうか?
私も我が家の料理担当ですが、妻がいない時のお昼ご飯はプロテインを飲んで済ませています(笑)。
お子さんに「自分のためなんだからちゃんと勉強しなさい」と言うのは、あなたが「自分のためなんだから1人のときもちゃんと料理をしなさい」と言われるのと同じことです。
果たしてそれはどれほど心に届くのでしょう?
私が同じようなことを親に言われたときに思っていたことは、
「自分のためなんだったら、自分が良いんだからサボったっていいじゃん。」
です。
だから私は生徒たちに「自分のために」とは言いません。
自分の頑張りが、いかにお父さんお母さんを喜ばせ、そして将来においては周りの人たちを幸せにすることにつながっていくのか。
生徒たちにはそのことを教えていきたいと思っています。
その方が、私たち人間は本能的に頑張る力を発揮できるのです。
あなたもぜひ「自分のために」を封印して、「他者のために」を考えられるように、お子さんを育ててあげてくださいね。
※記事の内容は執筆時点のものです
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