平安時代【1】天皇中心の政治 ―― イメージで覚える中学受験歴史
平安時代に活躍した中心人物は、天皇・貴族・上皇・武士と、身分が異なる人物ばかりです。それぞれ個性豊かな政治をおこなったため、「4つの権力」に分けてイメージすると整理しやすいです。まずは、天皇中心の政治について見ていきましょう。
桓武天皇の政治
平安時代を理解するうえで、最も忘れてはいけないのが桓武(かんむ)天皇です。平安時代の最初の天皇ですね。桓武天皇といえば、都を奈良から京都に移した人物としても知られます。「桓」を「恒」と間違える受験生が多いので注意しましょう。
京都に都を移した理由
なぜ、奈良から京都に都を移す必要があったのでしょうか。聖武天皇をはじめとした奈良時代の朝廷がどんな政治をおこなってきたか、そこにヒントが隠されています。奈良時代の政治は、仏教の保護を手厚くおこなう政治でした。そして仏教の僧は「自分たちの思い通りにできる」と調子に乗り、政治に口を出し始めます。道鏡という僧が政治の座を狙っていたのもこの時代です。
この当時の朝廷は、「仏教むかつくな……」といった気持ちを抱いていました。つまり、仏教との関係を断ち切りたかったのです。そのため奈良から京都へ都を移すことで、仏教を遠くに追いやったのですね。
都が平安京へ(794年)
まず、784年に都が長岡京に移されました。しかし不吉なことが立て続けに起こります。長岡京の建設責任者・藤原種継(たねつぐ)が暗殺されたのもそのひとつ。建設責任者がいなくなったことで、長岡京は完成しなかったともいわれます。さらに、当時の皇太子(藤原種継を暗殺したと疑われた人物)が地方に流される途中で亡くなる事件も起こりました。このように、怖い事件が多かったのです。そこで794年に長岡京から移された都は、平和を願い「平安京」と名付けられました。
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