連載 イメージで覚える中学受験歴史

昭和時代【3】戦後の民主化 ―― イメージで覚える中学受験歴史

2021年12月05日 吉崎 正明

1945年に、日本は降伏。その後、アメリカを中心とする連合国が日本を占領しました。では、第二次世界大戦が終わったあとの戦後の日本について見ていきましょう。

GHQの指令 ―― 日本の民主化政策

連合国は、日本を占領しただけでなく、日本の民主化政策も推進しました。このとき、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の最高司令官・マッカーサーは、民主化を進めるために日本の政府にさまざまな指令を出します。このとき出された指令は、大きく次の3つです。

GHQの指令

  1. 政治の民主化
  2. 経済・社会の民主化
  3. 教育の民主化

政治の民主化

GHQは、まずは「政治の民主化」を進めました。このとき、主に次の5つを推進します。

政治の民主化

  • 軍隊の解散
  • 天皇の人間宣言
  • 治安維持法の廃止
  • 女性参政権の実現
  • 日本国憲法の制定

軍隊の解散

まず、軍隊の解散を指示します。戦争を二度と起こさないため、「軍隊はあってはならない」としたのです。太平洋戦争を指導した政治家や軍人は国の政治から追放され、極東(きょくとう)国際軍事裁判により戦争犯罪人が処刑されます。このとき、東条英機ら7名に死刑判決が下されました。

天皇の人間宣言

次は、天皇の人間宣言です。これまでは「現人神(あらひとがみ)」、つまり天皇は“神の子孫”とされていましたが、そこから一変して「自らの神格性を否定する」という内容の宣言が出されました。

治安維持法の廃止

治安維持法とは、簡単に言うと「政府の都合の悪いことを言う国民をお仕置きする」ための法律。国民の自由を制限する内容で、戦争に反対していた人々はこの法律によって捉えられていましたが、治安維持法の廃止により釈放されました。

女性参政権の実現

女性参政権をめぐっては、大正デモクラシーをひとつの契機として平塚雷鳥(らいちょう)・市川房枝(ふさえ)らによって運動が起こりましたが、当時は実現しませんでした。しかし、1945年に「普通選挙法」が改正。これによって20歳以上の男女に選挙権が与えられ、念願だった女性参政権が実現したのです。なお、1946年の衆議院議員選挙・総選挙では日本初の女性議員も誕生しました。

日本国憲法の制定

GHQは憲法改正も命じ、政府は日本国憲法の制定をおこないます。しかし日本政府が考えた改正案は、何度話し合っても「大日本帝国憲法」とほとんど変わらない内容。これを見たマッカーサーは「やれやれ……」と肩を落とし、新しい憲法の土台となる“マッカーサー草案“を作成しました。

この草案をもとに話し合いが重ねられ、吉田茂(しげる)内閣のときに日本国憲法が制定されました。1946年11月3日に公布され、半年後の翌年1947年5月3日に施行が開始された日本国憲法には、三大原則として「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」が定められています。なお、公布とは「国民に広く知らせる」という意味で、施行とは「実際に憲法を使っていく」ことを指す言葉です。

なお、日本国憲法に関する内容は中学入試に高い確率で出題されています。公布された年月(1946年11月)を言えるようになるまでは、「よろ(46)こべ万歳(11)、日本国憲法」とゴロ合わせで覚えても良いでしょう。万歳が11になるのは、両手を上げると11に見えるからですね。

経済・社会の民主化

GHQは「経済・社会の民主化」も進めていきます。このときの主な改革は次のとおりです。

経済・社会の民主化

  • 財閥解体
  • 農地改革
  • 労働者の地位向上

財閥解体

まずは、財閥解体です。このとき、三井・三菱・住友・安田などの財閥が解体されました。財閥とは、経済を支配し、その強大な権力で政治にまで影響を与えていた“巨大企業群”のこと。特に財閥は軍国主義にも影響を与えていたため、解体されたのです。

そして1947年には「独占禁止法」が制定され、巨大な財閥はつくれなくなりました。たとえば企業が合併する場合には、独占禁止法に違反していないかを調べるようになったのです。

農地改革

GHQは、農地にも民主化政策をおこないます。これによって政府は地主から強制的に土地を買い上げ、小作人(こさくにん)に安く売り渡しました。小作人としてはこれまでは地主のために農業をやっているようなもので、生活も苦しかったのですが、こうした政策により「自作農」となったことで、農業に対するやる気が高まっていったのです。

小作人
地主から土地を借り受け、高い小作料を支払うことで農業を営んでいた農家のこと。

労働者の地位向上

戦後は、労働者を守るための法律も整備されました。具体的には、次の三法(さんぽう)が制定されます。

労働三法

  • 労働組合法
  • 労働関係調整法
  • 労働基準法

労働三法[1]労働組合法

労働組合法に関わる権利として、次の「労働三権」を押さえておきましょう。

労働三権

  • 団結権
  • 団体交渉権
  • 団体行動権

団結権とは、労働者が集まって「労働組合」をつくることができる権利のことです。労働者はひとりでは弱い存在ですが、労働組合として集まることで力を持つことができます。

団体交渉権とは、労働組合が経営者と対等な立場で話し合える権利のことです。これにより経営者から「クビだ!」と言われるのを恐れずに話し合いができるようになりました。

団体行動権とは、労働者の意見が通らず、話し合いがうまくいかないときにストライキができる権利です。「争議(そうぎ)権」とも呼ばれます。

ストライキ
労働者からの要求を経営者に受け入れてもらうことを目的に、会社側に圧力をかける行為のこと。労働者が集団で仕事を放棄することもある。

労働三法[2]労働関係調整法

労働関係調整法とは、労働者と経営者が話し合いをうまくまとめることができるように調整する法律です。

労働三法[3]労働基準法

労働基準法は、ニュースなどでもたびたび耳にする法律ですね。「1日8時間労働」などの原則が定められています。「男女同一賃金」についても規定されていることから、男女平等社会の実現に向けても欠かせない法律とも言えるでしょう。

教育の民主化

GHQは、教育の民主化もおこないました。

教育の民主化

  • 教育基本法
  • 青空教室

教育基本法

まずは1947年、教育基本法を制定します。これまでは「教育勅語(ちょくご)」と呼ばれる方針のもと、いわゆる「目下の者は目上の者に従うべき」という軍国主義を浸透させる教育が主でしたが、戦後の世の中では「平和」と「民主主義」を伝えていかなければなりません。そして、その基本として制定されたのが教育基本法です。

一方で、同じ年に定められた学校教育法には「義務教育の期間」と「男女共学」などについてが定められました。ちなみに、義務教育の期間はわかりますか? 小学校の6年間と中学校の3年間を合わせた9年間ですね。そのほか、高校の3年間、大学の4年間を加えた「6・3・3・4制」も開始されました。

青空教室

空襲で校舎が焼けてしまった学校では、子どもたちは外にいすを並べて授業を受けていました。これは「青空教室」と呼ばれます。そして、その際に使われたのが“墨(すみ)塗り”の教科書。戦前に使っていた教科書の「ある部分」が墨でベタっと塗りつぶされていました。では、何を隠したのでしょうか? そう、戦前の「軍国主義的な考え方」を伝える箇所ですね。

民主化の考えが根付いていった

GHQの民主化政策によって、日本に少しずつ民主化の考えが根付いていきました。政治の民主化、経済・社会の民主化、教育の民主化など、現代の日本を支えるルールが定められていったのです。このように過去と現在を比べていきつつ、「今の生活とどう関わっているのかな?」といった視点で勉強していくと、理解が深まっていきますよ。


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※記事の内容は執筆時点のものです

吉崎 正明
この記事の著者

都内の中学受験専門塾で社会・国語担当として活躍。12年間在籍した大手進学塾では難関選抜講座担当を歴任、社内数千名が出場する「授業力コンテスト全国大会」において優勝経験あり。その後家庭教師を経験し、2019年より現在に至る。全国トップレベルの授業技術と多彩な戦術眼を駆使し、御三家中などの最難関校から幅広い成績層まで、多くの受験生の第一志望合格をサポート。茨城県行方市出身。