連載 【小説】ボリュゾっていうな!

『ボリュゾっていうな!~ギャルママが挑む″知識ゼロ“からの中学受験ノベル~』第3回

専門家・プロ
2023年7月03日 杉浦由美子

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進級を控えた冬、小3ママたちの話題はもっぱら中学受験の塾選びのことばかり。シングルマザーの茜(アカネ)は「うちには関係ない」と思っていたけれど、ひとり息子の照(ヒカル)が「中学受験をするんだ」と言い出して?! ギャルママ31歳が挑戦する “知識ゼロ” からの中学受験ノベル。どのぐらいお金はかかるの? 仕事が忙しいんだけど平気? ミリしら=1ミリも知らない状態で、いろんな塾の説明会に参加してみたけれど、エリート塾はやっぱり素敵で……。勉強が超苦手なギャルママの視点を通して知る中学受験の実像。

前回までのあらすじ

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中学受験率50%という千葉県・海浜幕張の街に住みながらも、茜(アカネ)は「うちらには中受なんて関係ない」と思っていた。ギャルのシングルマザーとダンサー志望の息子という組み合わせは、ガリ勉の世界とはほど遠いはず……。そんな茜の悩みは、ひとり息子の照(ヒカル)がいじめにあい、小学校を休みがちなこと。しかし、ある日、無断で小学校を休んだ照が、突然顔をあげ、「中学受験をして『渋幕』に行きたい!」と言い出した。渋幕は超難関校で入れるとは思えないけれど、どこかに照に合った私立中学があるかもしれない。少し調べてみようと茜は動き出す。

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『ボリュゾっていうな!』第3回

 眞由美がヘアカットのため、茜が勤める美容院に来てくれた。いつもならカラーリングもしていくが、今回はカットだけだという。塾代もかかるから、他は節約ということなのだろう。

 茜は以前、元夫・ケンゾウの店を手伝っていたが、別れてからは、朝早く出勤し、夕方には退勤できる海のそばのシティホテルの中の美容室で働いている。

 運のいいことに、店長は朝起きられないからと遅番に入りたがる。子どもの帰宅時間を睨む茜は早番希望なので、都合がいい。

 眞由美は他の店に浮気せずに通ってくれる大切な客だ。

 「毛が薄くなってきちゃったから短くして、ふわっとさせて」と言うので、その通りにする。眞由美は、「こんなに短いのって高校以来かも」と嬉しそうに鏡をのぞきこんだ。

「私も仕事辞めたし金髪にしてみたいけれど量が少ないから無理か。これから中学受験で苦労してまた毛が減りそう。増毛エクステとかやってみたいけれどお金がないしなあ」

「中学受験ってお金もかかるんでしょう。外車1台分かかるって」

 ネットでそういう書き込みを見た。でも、先日行ってみた駅の南口にある中学受験塾・能開研のパンフレットを見ると、小4の月の授業料は3万円ほどだ。それ以外にもいろいろとかかってくるのだろうかと疑問に思っている。

「外車1台分? まさか。そんなにかかるわけないじゃない。かける人もいるけど、普通はそこまでかけられないわよ」

 眞由美はカットクロスと呼ばれるエプロンをしたまま椅子の上でのけぞって笑った。

「そりゃ、東京の目黒区や港区だとそういう話もあるかもしれない。自由が丘や白金高輪には、超高い個人指導塾もあるの。なにがなんでも御三家や慶應に入れようとして、高い個別指導をフルでつけたら、天井知らずになるでしょう」

「そんなにすごいんですか」

「夫のね、大学の先輩が港区にいて、息子さんが今5年生なんだけど、1コマ16500円の個別指導に週3回通わせて、他にも集団塾の費用がかかるから月に25万円ぐらい払っているって言うの。1年でも300万円でしょ。それを2年間続けたらBMWの中古のいいやつが買えそうよね」

「さすが港区、すごいですね」

「でも、港区でもそこまでやる人は多くはないし、ましてや海浜幕張には、そんな高い個別指導塾はないからね」

「そうなんですね。個別指導って普通はいくらぐらいなんですか」

 もし、照に中学受験をさせるとしたら、茜は勉強を見られないから、個別指導を使うかもしれない。

「マンツーマンで1時間6000円が相場。私も仕事を続けるつもりだったから調べたんだけどね。1人の先生が2人を見るとなると、その分もっと安くなるみたい」

 月に4回となると24000円か。シングルマザー家庭には苦しい。離婚するときに学費は半々という約束になっているし、ケンゾウの金払いは悪くないが、中学受験をさせるだなんて考えもしてないだろうから、高い塾代は払ってくれないかもしれない。眞由美は饒舌になっている。他のことも訊いてみよう。

「エックスって、3年間でいくらぐらいなんですか?」

「3年間250万円ぐらいかな。夏休みや冬休みの講習代を入れてね。志望校対策講座は別で。あと、塾代の他に、受験そのものにも費用がかかるのよ。とくに、東京の人はたくさんの学校を受けるからお金もかかるみたい。ほら、1月の渋幕の受験日にたくさん人がくるじゃない」

 知っている。このホテルも小学生とその親であふれる。子どもが部屋で勉強をしているから邪魔にならないようにと、この店にヘッドスパを受けにくるママもいる。

「でも、海浜幕張の子だとそんなにたくさんの学校は受けないでしょう。渋幕、西洋大西洋、河壱あたりを受けて受からないと、公立打瀬に進学して高校受験を目指す子も多いみたい。うちの美優はもっと下も受けると思うけど。推薦もあるし、星乃台女子でもいいかなと。ああいうおてんば娘は女子校が合うと思うから」

 美優本人は渋幕に入りたいようだが、眞由美はあくまで女子校志望としきりにいっている。本当に女子校がいいと思っているのか。それとも、実は眞由美も渋幕を希望しているが、ママ友の前では隠したいのかもしれない。

「中学受験でも推薦入試もあるんですか」

「そう。西洋大西洋や星乃台女子は12月に推薦入試があるの。それに受かったら他は受けられないけれど、早めに決まるのは助かるよね。受験料も浮くし、塾の正月特訓講座の費用もかからないし、なにより早くに受験から解放されるし」

「そうなんですね、実は、私、おととい、能開研の説明会に行ったんですよ」

照の「渋幕に行きたい」宣言の後、茜は中学受験について調べ始めた。海浜幕張にはたくさんの中学受験塾があると知り、駅の南口にある能開研の説明会へ足を運んでみた。小3の2月は塾通いを始める新学期だそうで、土曜日の説明会はママたちで賑わっていた。

「能開研の説明会、私も秋に行ったよ。あそこは合格実績の話とか全然しないでしょう。無理をしないで受かったところが第一志望!って感じで」

「雰囲気はすごくよかったです」

「アットホームで温かいでしょ」

まさにその通りだった。明るいフローリングの床、木目調の丸いテーブル、優しげな先生たち。

カウンターの横で大学生らしき女の子が生徒に勉強を教えていた。自習室で勉強をして、わからない問題があれば、いつでも大学生のバイトが教えてくれるそうだ。彼らはみな能開研の卒業生だという。茜には、放課後、子どもを預けるには最適な場所に見えた。

「説明会で、能開研出身の子は中学に入ってから伸びるって話が出たんです。確かにそうなのかなって。うちと同じマンションの女の子も能開研に通って、大正学院清明に入学したんですけど、学年で5番だそうですよ。今のままなら、東大に行けるはずだって」

 大正学院清明は海浜幕張にある中高一貫校だ。白を基調としたセーラー服が媚びない感じでいい。男子は紺のブレザーに青のシャツでちょっと真面目な感じだが、それはそれで茜からすると好ましい。

 眞由美はうーんと考えるように首をかしげてから、冷静な口調でいった。

「それって、単に中学受験のときにうまくいかなくて、実力より下の学校に入ったってことでしょ。そうしたら、その中学では成績は上位になるよね。本来なら渋幕に入るような子が、能開研だったから難関校対策ができなかったってことかもしれない」

 なるほど。高学歴な人は勉強関係の分析が鋭いと感心する。

「どうしてそうなっちゃうんでしょう。能開研だとなにが駄目なんですか」

「まず、進度がゆっくり。他の塾は5年生のうちに中学受験に必要な内容は全部終わらせるのに、能開研は6年生の夏休み前までかかるの」

「なんで、進度がゆっくりだと駄目なんですか」

「早く終わらせて、その後、復習を繰り返すことで、まだわかってないところをやり直したり、もっと難しい問題をやったりして力をつけたりしていくのが受験勉強なのよ。だから、進度が遅いと復習の機会が少なくなっちゃって、受験には不利になるのよ」

「そうなんですね」

 納得したような声で答えるが実際にはあまりわかってはいない。

「でも、ゆっくりじゃないとついてこれない子もいるでしょう。そういう子にはいいんじゃないかな。最近はエックスが合格実績を伸ばしてる分、能開研は下がってるんだけど、結果、今は渋幕とかを狙う層はエックス、大正学院ぐらいの学校を狙うなら能開研ってなってるの」

「ボリュゾ塾ってことですね」

 大正学院だって毎年何人も東大に合格しているのだから茜から見たら十分にすごい学校だけれども、眞由美たちからすると、そうは認識してもらえていないようだ。

 照が中学受験をしたいと言い出してから、スマートフォンで中高一貫校について調べているが、どこも大学に行くのが当たり前という世界なのに驚いている。自分と照はついていけるのだろうかと心配にすらなる。

「照くんは、エックスの入塾テストは受けないの?」

「まさか、うちには無理でしょう」

 茜はあわてて、鏡に向かって、手の平を振った。

「説明会だけでも行ってみたら? 予約しなくて参加できるから。来週の月曜日にあるはずよ」

 そう言って、眞由美はスマートフォンを操作して、画面を見せてきた。

 平日の午後1時からか。

 その日、茜は出勤だが、確かまだ予約が入っていないので、店長に頼めば抜けられるかもしれない。

「照くんがエックスに入ってくれたら、美優が喜ぶし」

 笑顔でそういうと、眞由美は急に真顔になった。

「そういえばね。乱暴者の太朗、海浜ゼミナールの公立進学コースなんですって」

「なんですか。それ」

「公立中学の先取りをするクラス。公文でも他の子にちょっかい出すし、先生を論破するから出禁になったんですって。それで今度は、塾の先取りコースに入れたみたい。海浜ゼミナールは個人塾だから、ベテランの塾長さんが、ならず者もどうにかしてくれるだろうしね」

「そうなんですか。でも、その塾でもまたやらかすんじゃないですか」

「かもね。でも、大事なのは、公立に行くなら、エックスのような中学受験塾には転塾してこないってことよ」

 眞由美はカットクロスをしたまま、両手を動かして、上機嫌な顔をした。

 それはいい話を聞いた。どこであろうと中学受験のための塾なら、太朗はこない。

 エックスの説明会も行ってみよう。そう思って、茜は鏡に映らないように、椅子の背中の裏で拳を握った。

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中学受験の用語解説「説明会」

 中学受験をすることになると、多くの場合、ママやパパはまず塾の説明会に行きます。説明会は塾のプレゼン能力を示す場です。内容がいい塾でも説明会が下手だと生徒は集まりません。親としては、印象だけで塾の良し悪しを決めないことが大切です。ただ、基本的に塾は嘘を話さないので、しっかり情報を収集できますし、説明会の後、個別に質問もできます。いくつか「知りたいこと」をまとめて、説明会で話が出なかったら、直接、講師やスタッフに質問をしましょう。

(イラスト:ぺぷり)

※記事の内容は執筆時点のものです

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