【連載第20回】「プラスにする中学受験」~みかづき~
「迷う親」
小説「みかづき」の冒頭シーンは感動的だ。高卒の用務員が、子供達に勉強を教えている。目がどんより曇っていた子供達の目が輝くのがわかった瞬間だ。ほんの少しのヒントで子供はわかる。奇跡の瞬間だ。
舞台は昭和36年の千葉。小学校用務員の大島吾郎が、勉強を教えていた子供の母親に誘われて、ともに学習塾を立ち上げる話だ。多分、こうやって無数の「塾」が日本中に生まれたのだろう。昔も今もいろいろなところで子供に勉強を教える大人がいたに違いない。ベビーブームを背景に日本中に生まれた学習塾はその後大いに発展した。
今や塾に通わない子供達は少なくなっていてほとんどの子は塾の成績に一喜一憂しているのが普通になっている。
千葉郊外にも住居は建てられ人口は増え、塾も増えた。都心の私立中学に通う子も増えた。私立中学も増えた。名門と言われる私立中学もできた。制服はおしゃれで男女共学、憧れのスクールで今や都心から目指す子もいる。
そんな中で中学受験塾も都心に進出するようになった。今では誰でもどこでも中学受験塾はあるようになっているのである。
加熱する中学受験であるが、一方では受験できない貧しい子供に手を差し伸べる動きも活発になっているのをご存知だろうか。
都立高校に合格させるために無料学習支援塾もあちこちで生まれている。
ボランティア活動に学生が働いている。物語はここに老年になった吾郎が関わっていくから面白い。吾郎は塾業界から放り出され浪人していたのだ。教えることが好きで教わることが好きなのは日本人のいい特性だと思うのだが、いかがだろうか。
勉強ができるようになりたい。できると嬉しいという子供達をたくさん見た。子供達は難しければ難しいほど頑張るのも実際のところ本当である。
できないとめげる。できるようになったら嬉しい。だから親は迷う。どこまでやらせたらいいのか。言われたことをやるだけの子もいる。自分で考えてやる子もいる。伸び代は果てしない。
※記事の内容は執筆時点のものです
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