中学受験ノウハウ 連載 今一度立ち止まって中学受験を考える

低学年からの塾通いのリスクは? 低学年で身につけたい力と学びの姿勢を考える|今一度立ち止まって中学受験を考える

専門家・プロ
2022年7月21日 石渡真由美

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近ごろ、低学年から受験に向けて塾通いをする子が増えています。早くから塾に入って学習したほうが、受験に有利だと思われがちですが、必ずしもそうとは言い切れません。私はむしろ、弊害が大きいと感じています。

子どもの理解度は成長段階で変わる

「低学年から塾に入れたほうが、中学受験に有利」
「人気の塾は小1から入らないと席が無いらしい……」

こうした情報をつかんで、低学年から大手進学塾に子どもを通わる家庭が増えています。しかし、私は低学年からの塾通いには、反対の意見を持っています。というのも、低学年から塾に通わせたところで、学習の効果があまりないと感じることが多いからです。

一般的に中学受験のための勉強は、新4年(小3の2月)からスタートします。塾の授業は、小学校の授業よりも内容が難しい、歯ごたえのある内容です。たとえば受験算数では、新4年生の段階で「和差算」を習います。このとき、数量という具体的概念を、線分という抽象的概念に置き換えて考える、「線分図」の書き方を学びます。算数ではこのような、抽象的概念の理解が求められます。ところが、その時点で、こうした抽象的な内容を理解できる子は、クラスの半分程度です。残りの多くの子は、教わってもよく分からないのが実態で、「先生がそう解くように言ってたから、そうやって解く」といった感じです。

けれども、です。そうした子たちも、進級して6年生になると、4年生のときには分からなかった抽象的な内容がスッと理解できてしまうことがあります。その違いがどうして起きるかいうと、子供によって脳の成長段階が異なるからです。

低学年の塾の授業でも、同じように普通の子にとっては難しい内容を学習します。子どもよってはまったく理解できないということもあります。ですが、この時期に学ぶことは、学年が上がって子どもが成長すると、簡単に理解できてしまうことが、ほとんどだったりします。

小1生向けの塾の授業で1時間かけて学ぶ内容は、5年生で学べばたったの5分で理解できてしまう、といったこともあるくらいです。そう考えると早くから学ぶことが、本当に有利なのだろうか? ということになります。

少し話が逸れますが、そもそもなぜ低学年から塾に通う子が増えているのでしょう? その理由はいくつかあるのでしょうが、塾側の戦略にひっかかってしまっているというのが大きいと感じます。ご存じのように、日本は少子化が止まりません。子どもの数が減っている今、塾業界は危機感を持っています。限られた数の子どもたちを、なんとかして自塾に迎えたい。可能性に溢れる子どもたちを早くから確保して、その中にいる優秀な子が一人でも多く難関校に合格してくれたら、それが塾の宣伝になって生き残りにつながる――ということです。

もちろん塾側はそんなことを公言はしません。しかし、こうした塾の戦略が大きな要因で、保護者さんたちも、まんまとハマってしまっているのが実態だと思います。周囲が焦る情報や噂話も相まって、「早く始めておいた方が有利」と、わが子のために気持ちが先走ってしまうのです。

早く始めることで、起こる精神的なダメージ

しかし前述した通り、周りの子よりも早く受験勉強を始めたところで、必ずしも有利になるわけではありません。もしそうなら低学年から塾通いしていた子は、みな難関校に合格していることになります。でも、実際はそんなに単純ではないですよね。

こういう言い方をしてしまうと身も蓋もないのですが、誤解を恐れずに言うなら、早くから受験勉強を始めても間に合わない子は間に合わないし、5年生から始めても、受かる子は受かるのが中学受験です。つまり、どれだけ早く始めたかではなく、その子の成長度合いや学習の理解度で差が出るのです。

むしろ早く始めることで、起こりうる精神的なダメージもあります。人は「できない」、「わからない」ことが続くと、「どうせ私にはできない」と自信をなくしたり、「やっても無駄だ、意味が無い」とあきらめてしまったりするようになります。低学年の頃から塾通いをしている子の中には、そうやって自己肯定感が下がってしまう子が少なくないのです。

たとえば、1年生の頃から遊びたいのを我慢して塾に通ってきたのに、5年生になったときに、5年生から入塾してきた子にあっさり抜かされてしまう、といったこともあります。そうなると、さらに精神的なダメージが大きくなって、勉強嫌いになってしまうことすらあります。

わが子の幸せのためにと始めた中学受験で、お子さんを勉強嫌いにさせてしまっては、本末転倒のはずです。低学年からの通塾は、そういうリスクもあることを、ぜひ親御さんたちに知っていただきたいと思います。

低学年のうちに身につけたいこととは

では、将来的に中学受験を考える場合、低学年の段階でどんな力を身につけておくのが望ましいのでしょう。私は、中学受験の勉強の準備として、低学年のうちに「よみ・かき・けいさん」をしっかりやっておくことをおすすめしています。

「よみ」は端的に言うと読書です。学年を問わず、読書の習慣を身につけることの効果は侮れません。

実際、近年の中学入試問題は国・算・理・社の4教科ともに長文化していますし、小学生の子どもが知らない言葉が出てくることが珍しくありません。国語に関して言えば、大人が読むような文章も扱われます。こうした文章や問題を前にしたとき、文章への接触機会が少ない子は、「こんなに長い文章は読めないよ……」とか、「わからない言葉ばかりで読めない」などと早々にひるんでしまうことが多いです。こうした抵抗感が、お子さんの勉強の出来にじわりじわりと影響します。やはり、文章をほとんど読んでこなかった子よりも、読書に親しんできた子のほうがアドバンテージがあるのです。

ただし、「低学年の段階で塾の教材や、入試問題に出るような文章を読めたほうがよい」などということではありません。低学年のうちに意識することは、あくまでも文章を読むことを習慣化して、抵抗感を無くすことです。

もうひとつの「かき」は、文章を書く習慣です。近年は、問題の長文化とともに、記述型の問題を出す学校が増えていますが、記述を得意にするには、まず文章を書かなければ始まりません。もちろん「よみ」と同様、低学年の段階で「入試のための記述」を意識する必要はありません。まずは書くことの抵抗感をなくすのが大切です。ただし、人に伝わる文章の書き方というものはあります。そうしたことを学ぶのに家庭で準備をするのに限界があるなら、低学年の段階で作文教室などに通うのはひとつの有効な手段だと思います。

もうひとつの「けいさん」は、言葉通り計算力をつけることです。算数の問題はすべて計算をして答えを出しますし、理科でも計算問題が出題されます。計算力は日々の訓練で身につくものです。低学年のうちは家庭学習でもできますが、公文やそろばん教室などを利用してもよいでしょう。

最後にもう一つ、近年の入試傾向を鑑みたうえで、押さえておきたい姿勢があります。「試行錯誤する姿勢」です。今の中学入試は、単純な知識問題や計算問題よりも、問題文で提示された条件や情報を参考に、今持っている知識を使って考えさせる問題、すなわち思考力を求める問題が増えています。こうした問題は、簡単には答えが出せないのが特徴です。文章や条件を丹念に読み取って、ああでもないこうでもないと粘り強く考える必要があります。

中学受験を視野に入れるなら、このような「試行錯誤する姿勢」の有無は、侮れないと感じます。「試行錯誤する姿勢」を育む方法にもさまざまありますが、私は算数的なパズルをおすすめしています。家庭で楽しみながら、試行錯誤に熱中できるのであれば、それに越したことはありません。「家庭ではそこまで対応できない……」という場合は、算数パズル教室などに通ってみるのもよいでしょう。こうした「よみ・かき・けいさん」、そして「試行錯誤する姿勢」を、低学年のうちから少しずつ身につけておければ、受験勉強が本格的にスタートする4年生になったとき、アドバンテージになるでしょう。

子どもの成長に欠かせない「自己肯定感」

最後に、私からぜひともお伝えしたいことがあります。中学受験をするとなると、どうしても親御さんは上へ上へと、お子さんよりも先走って目標を高く設定してしまいがちです。しかし前述したように、子どもたちの成長には個人差があります。その段階で理解できる子もいれば、理解できない子もいます。前述したように、あとから理解できるようになる子も珍しくはないのです。

ですから、現時点の成績だけで、お子さんを評価するのは早計です。「今はこのくらいだけれど、もう少し成長したら力がついてくるかもしれない」と、お子さんの将来性を信じて、肯定的に待つ姿勢が大事です。

私自身も中学受験を経験しましたが、親からよく「あなたは大器晩成だから」と、何の根拠もない言葉で励まされ続けました。そのおかげで、一時期は成績不振の時期もありましたが、自分の力で克服できたと感じるのです。あのときの母の声掛けは、受験を終えて随分時間が経った今でも強く印象に残っています。

中学受験のプロセスは多くの親子にとって、山あり谷ありです。しかし、決して人生のゴールなどではありません。親御さんは短期的な成果だけに囚われず、長い目でお子さんの成長を見守っていただきたいと思います。今の時点では思うようにお子さんの成績が伸びなくても、それでその子の人生が決まってしまうわけではないのですし、あとから伸びる可能性はどんな子にだって等しくあるのですから。

中学受験のプロセスにおいて最も大切な親の姿勢は、子どもの成長を信じることだと思います。それは、「周りよりも少しでも有利に」といった考えで、あらゆることを「早く、早く」と促すこととは異なる姿勢だと思うのです。それよりも、「ちょっと難しそうだけれど、これまでも試行錯誤してできたことがある。自分ならきっとどうにかできるはず」といった、自己肯定感に基づく自信をお子さんに持たせてあげることのほうが重要ではないでしょうか。わが子の成長を見守り、誇らしく思いながら、お子さんの持つ力を信じて応援してあげてほしいと思います。


これまでの記事はこちら『今一度立ち止まって中学受験を考える

※記事の内容は執筆時点のものです

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宮本毅
宮本毅 専門家・プロ

1969年東京生まれ。武蔵中学・高等学校、一橋大学社会学部社会問題政策過程卒業。大学卒業後、テレビ番組制作会社を経て、首都圏の大手進学塾に転職。小学部および中学部で最上位クラスを担当し、多数のトップ中学・高校に卒業生を送り込む。2006年に独立し、東京・吉祥寺に中学受験専門の「アテナ進学ゼミ」を設立。科目間にある垣根は取り払うべきという信念のもと、たった一人で算数・国語・理科・社会の全科目を指導している。また「すべての子どもたちに自発学習を!」をテーマに、月一回の公開講座を開催し、過去3年間でのべ2000名近くを動員する。若い頃からの変わらぬ熱血指導で、生徒たちの「知的好奇心」を引き出す授業が持ち味。YouTubeチャンネル「アテナチャンネル」を運営。

■著書

『はじめての中学受験 これだけは知っておきたい12の常識』(ディスカヴァー・トゥエンティーワン)『中学受験 同音異義語・対義語・類義語300』(中経出版)『文章題最強解法メソッド まるいち算』(ディスカヴァー・トゥエンティーワン)『中学受験 ゴロ合わせで覚える理科85』(KADOKAWA出版)『中学受験 ゴロ合わせで覚える社会140』(KADOKAWA出版)『ケアレスミスをなくせば中学受験の9割は成功する』(KADOKAWA出版)『合格する子がやっている 忘れない暗記術』(かんき出版)

この記事の著者

フリーライター。子供の誕生をきっかけに、わが子の成長に合わせ、ベビー雑誌、育児・教育雑誌、塾専門誌で取材執筆。6年前に子供の中学受験を経験したものの、国立大学の附属中学で併設高校が無かったため、その3年後に“高校受験生の母”、またその3年後に“大学受験生の母”も体験。中・高・大の3つの受験を知る受験ライター。