イメージよりも本質を知ろう 思考力問題について考える|今一度立ち止まって中学受験を考える
近年、社会の変化に伴い、教育の在り方が見直されてきました。そんな中で重視されているのが「思考力」です。中学入試においても、思考力を求める問題が増えつつあります。
しかし、受験生や保護者の多くが、この「思考力」の本質を正しく理解しないまま、それぞれの解釈で捉えてしまっているような気がしてなりません。そこで、あらためて「思考力」とは何か、それを伸ばすには何が必要かを考えていきたいと思います。
「理想」だけが先行し、うわっつらな意見を言わせるだけの教育に陥ってないか
2017年から段階的に行われてきた学習指導要領の改訂で、小学校ではすでに「思考力」を伸ばす教育が始まっています。しかし、私の塾に通う生徒を見ると、10年前の生徒よりも今の生徒のほうが考える力が身に付いているかというと、そんなことはないように感じます。むしろ、以前よりも下がっているのではないかと感じることがあります。
例えば、私が投げかけた問いに対し、論点とズレた答えを言ってくる子どもが多い。また、本人的には自分の意見を述べているつもりなのかもしれませんが、その内容はどこかで聞いたことのあるような言葉の羅列だったり、根拠もなくただ好き勝手に自分の考えを言っているだけに過ぎなかったりと、中身がスカスカなことが多いのです。
「思考力」とは、ただ自分の思ったことを言えばいいというわけではありません。物事を考えるには、そのベースとなる知識が必要です。また、設問者の意図を読み取る読解力も必要です。そして、自分の言葉で表現する語彙力も必要です。これらの力が備わって「思考力」というのです。
ところが、大人でさえも、耳当たりのよい「理想」ばかりが先行し、残念ながら本当の意味での「思考力」を理解していない人が多いように感じます。だから、子どものたちの思考力も伸びていかない。
「アイデアを思いついてもそれを説得力のある形で言い表せない(表現力・語彙力の欠陥)」、「そもそもアイデア自体がとてもつたなく、うわっつら(知識不足)」、このような状態では、難関校と言われるような私立中学の入試で問われる思考力問題にも、当然対応できません。
知識と読解力なしで、思考力は育たない
長年、中学受験の指導をしてきて感じるのは、今の時代の子どもたち(そして、親)の国語力が低下していることです。インターネットやスマートフォンの普及の影響が大きいと思いますが、まず読書をしなくなりました。また、家庭内の会話も「あれ」「それ」「ごはん」「取って」「ちょうだい」といった単語や指示語で済ませてしまうことが多々見られます。
こうした環境の中では、言葉を知ることができません。言葉を知らなければ、知識を得ることはできないし、相手が何を言っていて、どんな意見を求めているのか理解することができません。また、自分の考えを相手に伝わる言葉で伝えることもできません。つまり、対話をしているようで一方通行なコミュニケーションになっているということです。
例えばロシアとウクライナの戦争について意見を問えば、「ロシアが悪い」「戦争はしていけない」と、いかにも「もっともらしい」意見を述べて、それで終わりになってしまう。確かに戦争はよくない。でも、それを語る前に両者の国の成り立ちや抱えている問題などの知識がなければ、ただ感情論を述べているにすぎず、何の解決にもつながりません。
「AI」や「Chat GPT」に対する考え方もそうです。表面上の浅い知識だけで、いいか悪いかを単純に決めつけて、自分の意見を「言ったつもり」になる……。それは、「思考」したとはいえないのです。
今の時代に「思考力」が必要とされる理由は、誰もがいまだかつて経験したことがない変化の激しい時代に、何が正解か分からない中で、お互いの考えを伝え合い、その上でどのように解決していけばいいか、どんなアイデアがあるかを考えていくことが大切だと考えているからです。この本質を理解せず、ただ自分の思ったことを好き勝手に述べても意味がないのです。
まずはたくさんの言葉を吸収し、知識を習得することが先決。知識をないがしろにして、「考えている風」に陥らないようにしましょう。
思考力を身に付けるために家庭でできること
では、中学受験ではどのような思考力問題が出るのでしょうか?
例えば国語なら、設問に対して「なぜそう思ったか」を本文の中にある言葉を使って記述させたり、「あなただったらどうしますか?」と自分の意見を書いたりするような問題が出題されています。
たとえば寺地はるなさん著の『水を縫う』。男らしさって何だろう?女らしさってなんだか生きにくい。そんなジェンダーの見えざる壁をテーマにした物語文ですが、これが実にいろいろな私立中学で出題されています。
私自身もぬいぐるみが好きで家にたくさん買いためていますので、主人公の高校一年生に共感できる部分はたくさんありますが、いざこれを小学生が読み解こうとするといろいろと「?」と思うところが出てきてしまいそうです。
そうした部分を想像しながら読まなければ正しい読解は望めません。ジェンダーに関する議論は、ご家庭でも一度話し合う機会を持っておく方がよさそうです。
また、理科・社会といえば、以前は知識を問う問題が主流でしたが、今の時代は長い文章や、表やグラフなどのデータを読み取らせて、その上でどんなことか分かるか、どのような解決法があるかなどを書かせる問題になっています。
たとえば2023年の三田国際中学の社会では、「諸外国の国会議員に占める女性割合の推移のグラフ」「アイスランドと日本のジェンダーギャップ指数の比較チャート」「分野別ジェンダーギャップ指数ランキング」「クォーター制を導入している国の地図と施策例」の4つの資料を提示し、どうしたら女性の社会進出を手助けできるかについて議論する問題が出題されました。
内容だけを見れば大学受験に出題されても決しておかしくない感じです。やはり普段から日本というものを客観視して、日本の制度のおかしい点について知っておく必要があります。
とはいえ、どのような思考力問題を出すかは、学校によってかなり違いがあります。志望校が決まってくる段階になれば、当然、その志望校の過去問の傾向に合わせた対策が非常に有効です。
中学受験の勉強は進めているものの、まだ志望校を絞り込む前の段階であれば、最近の入試問題の中から、思考力を問う問題をいくつかピックアップして親子で解いてみるといいでしょう。
私のおススメとしては、桐朋中の社会や山脇学園中の理科などは基礎的な内容のものが多く、思考力を鍛える入門編としては適切であると感じます。記述力も一緒に鍛えたければ吉祥女子中や昭和女子大附属中の国語の作文問題がいい練習台になるでしょう。
大切なことは、子どもに「これやっておきなさい」ではなくて、親も一緒にそれに取り組むこと。ひとつのテーマで親子で話し合ったり、意見を出し合ったりできる環境の整備こそ重要です。親は忙しいから全部塾に丸投げ、では、子どもの考える力は伸ばせません。
このとき、正しい答えを出さなければと気負わないのがポイント。「お母さんだったらこう考えるかな。だって、○○というデータがあるでしょう。ということは、△△だと思うの。あなたはどう思う?」といった感じで、親子で対話をしてみてください。
テレビのニュースを見ながら、「どうして中東っていつも紛争が起きるんだろうね?」「そもそも中東ってどこにあるんだろう?」「ああ、ここにいろいろな国があるんだね」「どんな宗教なんだろう?」「どんな資源があるのだろう?」と、争いが起きるバックグランドに興味を持つ。そして、そのことについて、親子で考えを伝え合う。こうした日々の積み重ねが「思考力」を鍛えていくのです。
お子さんがまだ低学年で、こうしたやり取りはちょっとまだ難しいという場合は、なぞなぞや頭の体操になる本を読んだり、パズルやレゴ、ルービックキューブなどの頭を使う遊びから親しんでいき、「考えることは楽しいな」と実感させてから、語彙や知識を増やしていくというやり方がおすすめです。このように、「思考力」は家庭で育んでいけるものなのです。
まとめ
「でも、思考力の育成は学習指導要領に掲げられているのだから、学校が伸ばしてくれるんじゃないの?」と思った親御さんもいるでしょう。
確かに、学校でも力は入れています。しかし、1クラス40人という環境の中で、子どもたち一人ひとりの「思考力」を伸ばしていくというのは、現実的にはなかなか難しいのです。
同じように、塾では思考系の問題に対する対策はしますが、塾という性質上、どうしても「こういう問題のときは、こうやって解くんだよ」といったテクニック指導になってしまいがちです。特に大手の集団塾ではそうせざるを得ないのが現実なのです。そもそもカバーしなければいけない学習範囲は膨大なため、思考力問題だけに時間を割くことはできません。
だからこそ、思考力は「家庭」で育んでいってほしいのです。小学生の子どもは、新しい言葉も、新しい知識も、いろいろな考え方も、その多くを家庭で身につけていきます。
わが子の「思考力」を伸ばしたいと思ったら、まずは親御さん自身がたくさん本を読み、世の中に関心を持つことが大事だと思います。そして、何が正解かにこだわらなくていいので、根拠を持って自分の考えが述べられる人になっていただきたいなと思います。
その姿を見て、子どもは「考えるとはこういうことをいうんだな」と思考力の本質を理解できるようになるはずです。
※記事の内容は執筆時点のものです
とじる
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