中学受験ノウハウ 連載 今一度立ち止まって中学受験を考える

中学受験が思うようにいかなかった、と感じてしまっている親御さんへ|今一度立ち止まって中学受験を考える

専門家・プロ
2024年2月08日 石渡真由美

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2024年度の中学入試もほぼ終了し、受験に挑んだ6年生たちも4月からの進路が決まったことでしょう。

憧れの第一志望校に進学する子、あと一歩のところで力がおよばず第二志望校、第三志望校、第四志望校……の学校に進学することになった子、気持ちを切り替えて高校受験で再チャレンジする子、それぞれだと思います。

どんな結果であれ、春からは中学生です。大切な一歩を踏み出せるように、私から親御さんにお伝えしたいことがあります。

中学受験で第一志望校に進学できる子は約3割

中学受験をするからには、できるだけ上の学校を目指したい。多くの親御さんはそう考えて、中学受験をスタートさせます。

目標に向かって努力をすることは、とても尊いことですし、どんな学校を志望校にするかは各ご家庭の価値観によるものなので、その考え自体を否定はしません。

しかし現実は、中学受験で第一志望校に進学できる子は全体の3割といわれています。それだけ、厳しい世界であることをまずは知っておいていただきたいのです。

近年、グローバル化やIT化が進み、世の中が大きく変わりました。かつては、一生懸命に勉強して、良い大学へ進学すれば、良い会社に就職ができ、そこで一生働けると信じることができました。けれど、今の時代は先行きが不透明で、何が正解か誰にも分かりません。そんな中、人生の選択肢も多様化しています。

これだけ価値観が多様化してきているにもかかわらず、今もなお「第一志望校に合格できなければ、受験は失敗」と思う親御さんは少なくありません。そして、その価値観は口に出さなくても、表情や態度で出てしまうものなのです。それによって傷ついているお子さんを私はこれまでに何度も見てきました。

しかし、当たり前のことですが、中学受験の合否でその子の人生が決まってしまうわけではありません。中学受験は人生の通過点に過ぎず、これから長い人生が続いていくのです。

中学受験で子どもの人生が決まってしまうわけではない

私は中学受験の指導に携わって30年以上が経ちます。1学年10名ほどの小さなこの塾へ、かつてここで学び巣立っていった現大学生たちが、子どもたちの学習フォローに協力しに来てくれています。

卒業生のひとり、髙橋くん(仮名)から連絡があったのは、彼が大学1年生になったときのことでした。久しぶりの連絡で驚きましたが、さらに驚いたのが「チューターをやりたいのですが、僕にやらせてもらえませんか?」という内容だったからです。

当時、髙橋くんは男子御三家の武蔵中を第一志望にしていました。しかし成績的には御三家レベルを狙うには少々厳しいものがありました。第二志望の桐朋中も2/2に受験して合格が確実に取れるという感じではありませんでした。果敢にチャレンジはしたものの、結果としては第三志望の学芸大小金井中学に進学することになりました。

「おめでとう! 大学生になったんだね。ところで、今、どこの大学に通っているの?」

「東工大です」

「ええっ!?」

私は一瞬、自分の耳を疑いました。中学受験時代、伸び悩み苦しんでいたあの髙橋くんが、理系のトップ大学、世界のトップ100にも数えられる東工大に合格したというのです。

本人曰く、中学受験で身につけた学習法が、中学・高校でとても役立ったとのこと。それを聞いて、彼が東工大に受かったことはもちろんのこと、中学受験で身につけた正しい学習の取り組み方を忘れることなく、目標に向かって努力し続けたことをとても嬉しく思いました。

「もちろん、お願いしたい」

髙橋くんは今、私の塾でチューターとして活躍しています。

子どもの新たな一歩を引っ張るのは親

髙橋くんはなぜここまで成長できたのでしょう? 

もちろん、彼のポテンシャルの高さや努力を積み重ねた結果であることは間違いありません。でも、私はそれだけではないように思います。

彼が高い目標に向かって中高6年間頑張って来られたのは、学校へ笑顔で送り出したご家族がいたこと、新たに進んだ道が良い環境で友達にも恵まれたからではないでしょうか。だから彼は心が満たされ、チャレンジし続けられたのだと思います。

しかし、なかには親御さんがどうしても第一志望校にこだわるあまりに、その後の学校生活が楽しめないまま終わってしまう子もいます。

以前、女子学院を第一志望校にしていた子がいました。マジメにコツコツと取り組むお子さんでしたが、あと一歩のところで合格に届かず、第二志望の学校に進学することになりました。ですが、その第二志望校というのも、今や偏差値60を超える女子難関校で、本人はとても気に入っていました。

ですから、第一志望校が不合格だった後の、第二志望校の合格の電話を親御さんからいただいたときに、「○○中に進学が決まって良かったですね」と、私は素直に感想を伝えたのです。ところが、親御さんはその言葉を聞いて、「第一志望に受かっていないのに、何がよかったというのですか?」と、たいそうお怒りになられたのです。

おそらく、その隣にはお子さんがいたと思います。そんな親御さんの言葉を聞いて、どう思ったでしょうか。

お子さんが目標としていた第一志望校に合格できず、親として残念な気持ちはわかります。私が塾の講師という立場だったので、余計に苛立たれたのかもしれません。でも、本人は第一志望校と同じくらい、第二志望の学校も気に入っていたのです。受験が終わり、ワクワクしながら真新しい制服を着た自分を想像していたかもしれません。

ところが、お母さんはそれを残念なことだと思っている。子どもは結果に納得し、前を向き始めているのに、親御さんが引きずって納得できずにいるケースは、実は少なくありません。

すると、子どもは敗北感や、親に対する罪悪感が残り、これから始まる学校生活を楽しもうという気持ちになれなくなってしまうのです。これは本当に不幸なことだと思います。

以前、市川中学校の入学式で、校長先生の式辞が話題になりました。

新入生と保護者に向けて、校長先生は次の3つを伝えたそうです。

  • この中には、市川が第一志望ではなかった子もたくさんいるだろうこと。
  • けれど、市川に通っている先輩たちはみんな、楽しく学校生活を送っていること。
  • だから、親御さんはどうか落ち込まないでほしいこと。

千葉県市川市にある進学校・市川中学は、2月1日以降の本命受験の前受け校として東京在住の受験生が数多く集まる学校です。もちろん、千葉県の受験生にとっては第一志望校であることも多いのですが、全体で見ると、第一志望校に合格できなかった子が進学している割合は高いといえます。そういう事情を学校側も理解しているのでしょう。

でも、子ども達の中学生活はこれから始まるのです。

「入学時点では不本意な結果になってしまったと思っていても、ここで過ごしたらきっと楽しい学校生活が送れるよ」

校長先生のそんな温かい眼差しが込められた素敵な挨拶だと思います。

「うまくいかなかった」経験が子どもの成長につながる

子どもは親が考えている以上に順応性が高く、どんな環境でもすぐに慣れます。実は、それほど合否は気にしていないのです。それ以上に、長い受験勉強を終えたという解放感と、これから始まる中学生活に胸を躍らせています。だからどうか、その羽根をもぎ取るような言葉や表情を見せないでください。

中学受験で第一志望校に進学できなかったとしても、それは失敗ではありません。先に例を挙げた髙橋くんのように、中学受験では達成できなかった反省を次のチャレンジに生かしていけばいいのです。

勉強をさぼって合格できなかった子は、「やっぱり受験は厳しい世界なんだな」と実感できたことでしょうし、一生懸命頑張ってみたけれど手が届かなかった子は、「何が足りなかったのだろう?」と考えるきっかけになります。

または、親御さん自身も「私があれこれ指示を出し過ぎていたのかもしれない」と気づかされたり、またはその逆で「仕事を言い訳にして、寄り添ってあげられなかった」と反省したりすることもあるでしょう。

こうした経験を次に生かすことができれば、それは親子にとって大きな成長につながります。

つまり、合否の「結果」ではなく、そこに至るまでの「過程」に目を向けることが大事なのです。そのことに気づくことができれば、それだけで中学受験に挑戦したことは成功だったと言えるのです。

4月からいよいよ新生活が始まります。

※記事の内容は執筆時点のものです

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