中学受験ノウハウ 連載 発達障害&グレーゾーンの中学受験

#15 中学受験を経験してどんな気づきを得られましたか?―― 親子で乗り越えた、発達障害&グレーゾーンの中学受験

2019年10月11日 市川 いずみ

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発達障害&グレーゾーンの息子と中学受験に挑戦し、志望校合格を果たした市川家の中学受験録。どのように中学受験を乗り越えたのか、親子奮闘の軌跡をQ&A形式で聞きます。

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Question #15

中学受験を経験してどんな気づきを得られましたか?

Answer #15

子供は想像以上に成長するということ。親の接し方次第で子供は大きく変わるということです

息子が塾に通い始めた4年生のころは、中学受験に向け、親子二人三脚で3年間頑張るつもりでいました。しかし、気分で動く息子に翻弄される毎日が待っていたんです。受験のレールに乗せようとしても、志望校を目指して頑張る様子を見せない息子。入試までラスト1年というときに立ち止まってしまった息子。前に進んでいる実感もないまま、ゴールが何かわからない状態になりながらも、なんとか中学受験を乗り越えました。

中学受験が終わった今振り返ると、あのとき走り抜けられたのは、わが家にとって大きなことだったと感じています。しかし、中学受験は1つの通過点。中学生になった息子の成長を感じられる一方で、子育ての途中であることは変わりません。わたしにとって、この先の子育ても未知の世界。子供の将来にたくさんの不安や希望を持ちつつ、変わらず奮闘する毎日を送っています。

連載最後となる今回は、発達障害の息子と駆け抜けた中学受験の体験を通して、わたしが気づいたこと、気づかされたことをお伝えします。

息子には、型にはまった接し方はできなかった

「発達障害」というのは、大きなくくりに過ぎません。細かく見ると実はさまざまな症状があり、複数のタイプが絡み合っている子も珍しくないんですね。息子も型にはまった接し方ができる子ではなく、接し方に正解も不正解もありませんでした。しかし、悪戦苦闘するなかで、息子のタイプについて見えてきたことがあります。

息子が「発達障害の凸凹(でこぼこ)」と知ることになった

小学校低学年から4年生くらいまで、息子はADHDの不注意型が強い傾向があり、衝動性も見られました。友達にちょっかいを出したり、やられたらやり返したり……。友達の家庭に謝りに行き、担任の先生から電話が来ないか恐怖の日々。毎日ヒヤヒヤして過ごしていたのを覚えています。

4年生から中学受験の勉強を始め、なんとか軌道にのってきたかなと思いきや、5年生の終わりごろから息子の様子が変わり始めました。「小学校や塾に行きたくない」「モヤモヤする」「中学受験はしたいけど勉強する気分にならない」と言い始めることが増えたんですね。気持ちの切り替えができず、息子は6年生になっても悩む日々を過ごしました。

そして、息子の状況を理解していなかったわたしは、ムリにでも引っ張って受験勉強のレールに乗せようとしていました。しかし、息子の状態はさらに悪化し、二次障害が現れることに……。病院の先生に相談し、知能検査を受けた結果、知能指数が高い一方で、処理能力が平均値ということを知りました。つまり、数値の差が大きい「凸凹(発達障害)」ということがわかったんです。

息子の特性を知って気づかされたこと

息子の「得意・不得意」を知ったことで、息子に対する接し方が変わり、中学受験の葛藤を少しずつ乗り越えることができました。息子の特性を知ったことで気づいたことをお伝えします。

息子の思考回路はわたしとは違う

算数の問題を解くとき、息子は鉛筆をほとんど動かさず、書いてもメモ書き程度。途中式も筆算も書きませんでした。「情報を整理できるし、ミスを減らすためにも書こうよ」とわたしが言って、ケンカになることも。しかし、息子の得意・不得意を知った今思うと、息子の思考回路はわたしと違ったんですね。

当たり前と言われているやり方を押しつけない、子どもなりの解き方があるなら型通りでなくてもやらせてみることが、当時のわたしには必要でした。もう少し息子のことを理解していたら不必要なケンカをしないで済んだのに……、と反省しています。

「気づかせる接し方」が大切だった

塾の前に着いた息子が、車から降りられないことが続いた時期もあります。わたしは正直、理解できませんでした。「中学受験をしたいなら、塾に行って勉強するのが当たり前じゃないの?」と思い、‟当たり前”ができない息子を、ただのわがままと思っていたんですね。

しかし、発達障害の特性を知ってからは、接し方を工夫しつつ、息子の行動を受け入れるようになりました。たとえば、ムリに塾へ行かせるのではなく、「そっかぁ。いまは勉強する気分じゃないんだね。今日は国語をやろうかと思ったんだけど、理科ならできる?」といったように言葉の掛け方に気をつけたり、話し合って約束をしたうえで、勉強のルールを決めたりもしました。息子自身が「そろそろやらないとマズイ」と気がつくような接し方をしたことで、息子自ら勉強し出すことも多く、当時のわたしには少し驚きでした。

親が手をかけることは、小学生の息子にはやはり必要だった

「親が手をかけすぎている? 過保護かな?」と思ったことも何度もあります。「放っておいたら少しは息子も焦るかな」と思い、試したことも。しかし、放っておくと、何もしない、気づかない、悪気もない……。声掛けやフォローなど、結局は親として手をかける必要があることを痛感しました。

「親が関わりすぎるから、子供が自立しないのでは?」と思われても仕方ありません。しかし、発達障害の特性は見た目からは判断しにくく、言わないとわからない、時間の感覚に乏しい、計画性がない、気分で動くという傾向が、実際の症状としてあるんですね。

中学受験を目指していた当時は、「ずっとこのままの調子で、息子は成長しないかも……」と不安な気持ちで一杯でした。しかし中学生になった息子は、わたしが手を掛けなくても成長している様子が見えるようになりました。たとえば息子は、小学生のときに時間を気にしない傾向がありました。時間については、親に甘えていた部分もあるかもしれません。結局は時間の感覚がなくても、息子自身が困る状況ではなかったんですよね。一方で、中学生になると時間を意識しないと自分が困ります。息子にも、時間を気にする様子が少しずつ見えてきました。

中学生になった今でも、すべてがスムーズにできるわけではありません。しかし、息子は失敗しながらも、「次のこと」まで考えられるようになってきました。「自分の行動が、まわりにどんな影響を与えるのか」を理解しないことは心配のタネでしたが、今ではその心配が和らいでいます。

子供が自分で納得することが大切

小学生のときの息子は、心が満たされているとやる気が出る傾向がありました。言い換えると、「我慢ができない」ということですが……。先にやりたいことをやって満足すると、次の行動に進めたんですね。

ただ、なかなか上手くいかず、「先に休憩して、あとで勉強する」という約束をしても、息子はその約束を破ることも。そのときは、「勉強が先で、休憩はあと!」と言い聞かせることもありました。息子を机に向かわせるため、親のわたしの根気が試されていると思っていましたが、親が一方的にルールを決めても、子供は納得しないことに気づいたんですね。そこで、自分の言葉に責任を持たせる意味でも、まずは息子にルールを決めさせて、それから親としての意見を言うようにしました。すると、息子は徐々に勉強に取り組むようになりました。

発達障害の子を抱えた中学受験

中学受験は、ただでさえ親のサポートが欠かせず、子供にとって大変なもの。そのうえ、子供の発達障害の悩みを抱えている家庭の場合、中学受験はデメリットのほうが多いかもしれません。正直、「中学受験がおすすめ!」とは大きい声で言えない自分もいます。

親のサポートは大変だが、未来を信じる「開き直り」も大切

精神年齢が低く、我慢できないことも多く、気持ちの切り替えができず、ラクなほうへ逃げる……。そんな子が毎日塾に通い、家庭学習もこなすことは、子供も大変ですが、親の負担もさらに大きくなります。そして、何がわが子にとって必要なサポートなのか、正解もわかりません。

小学校の仲の良い友達と一緒に地元の公立中学に行ったほうが、のびのび過ごせるかもと考えたこともありました。受験をして志望校に進学できても、子供が楽しめないかも、雰囲気が合わないかも、症状が悪化するかも、お友達とトラブルを起こして退学かも……といった心配を、わたしは常に抱えていました。そのため、何回も学校へ行き、雰囲気を確認したり、ネットで口コミを見たり、志望校選びは慎重に慎重を重ねました。

しかし、最後はわたしたち夫婦のカンを信じ、息子に合いそうな学校かどうかを考えることにしたんです。そして、この先何が起こるかわからないけど、「中学受験をしたい!」と言い続けた息子の気持ちを優先することにしました。「あとは希望を持つだけ!」「そのとき良いと思った道を進もう!」という“開き直り”も、当時のわが家には必要なことだったと思っています。

志望校選びは、特性と過去問との相性を見た

息子は「処理能力が低い」という特性があったため、問題数が多い学校の過去問は苦手でした。また、知能検査の結果から、「1つの課題に対してじっくり考えることができる学校が望ましい」というアドバイスもあり、実際にそうした問題を出題する学校との相性は良さそうでした。わが家の志望校選びでは、発達障害の特性と過去問の相性は、1つの目安になっていましたね。

正面からぶつからず、接し方を工夫する大切さ

息子は型通りに育てるのが難しいタイプだったため、わたしは言葉の選び方に気をつけつつ、勉強もなるべく押しつけないやり方を意識していました。正面からぶつかるのではなく、ひと工夫することの大切さは、中学受験を経験して学んだことです。

型通りの子育てはうまくいかなかった

わたしもそうですが、親は型通りの子育てをしてしまいがちです。「世の中のルール」や「当たり前」を知っているため、子育てにもそれらを当てはめてしまうんですね。

わたしは、「お母さんの言う当たり前って何? 何が基準なの?」といったことを息子から言われたことがあります。2歳下の妹は、周りの空気を読んで「当たり前」がわかっているタイプですが、息子はわが道を行きたいタイプ。今しか見えず、周りからどう見られているかを気にしていませんでした。

しかし、それは息子の世界がまだ狭かったからだったんですね。中学生になって電車通学をしたり、幅広い友人ができたりしたことで、様々なことに気づいてきたようです。

「北風と太陽作戦」が一番の近道だった

何事にも手がかかり、遠回りは当たり前、精神年齢が低い甘えん坊の息子。自立にはほど遠いけれど、自我ははっきりしている息子。しかし肝心の行動が伴わず、心の成長が難しいなかでの中学受験は苦労の連続でした。

しかし、自分で納得すれば息子は動いたんですね。そこで、あの手この手を使って親が何とかしようとするのではなく、結局は自分で気づかせることが一番の近道だとわかりました。名前をつけるとしたら、「北風と太陽作戦」です。しかし、自分で気づかせるためには、あえて失敗させる必要もあり、この作戦は息子にとことん付き合う親としての覚悟がいりました。息子のスイッチが入るまでに時間はかかりましたが、わが家にとって「北風と太陽作戦」はまさに効果てきめんでした。

周りのサポートの大きさを改めて実感する日々

息子は数校ほど入試を受けて、本命の1校だけ合格しました。塾の先生からは、「彼らしいですね。全力を出し切ったんでしょうね」という言葉をいただきました。息子に合った学校に進めたからには、中学校生活を大切に過ごしてほしいと思っています。

卒業後も、多くの先生が気にしてくれていた

息子が通っていた塾では、中学入試直前に、先輩が後輩を応援するイベントがあります。中学生になった息子は、先輩としてこのイベントに参加しました。そこには、あんなに塾へ行っていなかった息子を、温かく迎えてくれた仲間がいました。そして、見守ってくれた先生たちの姿も。周りの方たちのおかげで、息子は成長できたことを改めて実感しました。

ちなみに2歳下の妹は、小学校や塾で「お兄ちゃん元気?」「お兄ちゃんは中学校楽しんでいる?」と先生から聞かれることがあるそうです。「いろんな先生がお兄ちゃんのことを心配しているよ」と教えてくれました。小学校も塾も、卒業して2年も経つのに、何人もの先生たちが未だに息子のことを気にかけてくれているようです。当時の息子は先生たちの記憶に大きな爪痕を残してきたんだなと恐縮しつつ、多くの先生に見守っていただけていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。

息子には、「入試で点数が取れたのは自分の力だけど、1人の力だけで中学受験ができたわけじゃないよ」ということを今でも伝えています。実際に、わたしたち夫婦も周りの方に大変お世話になり、相談にもたくさん乗っていただきました。

中学受験は、初心に戻るきっかけだった

思うようにいかない子育てですが、親のチカラを振りかざすのではなく、「1人のオトナ」として子供と話をすることの大切さを痛感しています。

息子は、中学受験に臨んでいるとき、自分の気持ちがうまく表現できませんでした。そして、「イマ」しか見ることができなかったのは、息子のなかでも苦しかったことだと思います。

紆余曲折した中学受験を経た今、息子が何か不安を感じていそうなときは、以下のことを伝えるようにしています。

「○○(息子)は、お父さん、お母さんにいちばん最初に会いに来てくれたんだよ。ありがとね」

辛いことだらけだった中学受験。でも、「この子はこの子。息子が何を望んでいて、どうやったら幸せにできるかな」と、初心に戻って息子に向き合えるきっかけになりました。

中学生の息子には、新たな成長が見える一方で、発達障害の特性で苦労していることも次々と出てきています。でも、中高6年間は自立を促すための期間。失敗を繰り返す息子と言い合いをする日々を変わらず送っていますが、息子と向き合いつつ、成長を見守っていきたいと思っています。

※記事の内容は個人の経験談です


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※記事の内容は執筆時点のものです

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